サラ☆の物語な毎日とハル文庫

ハリー・ポッターとクルーソーと整合性について

去年の秋に、『ハリー・ポッターと死の秘法』を読んで思ったこと。
なぜグリフィンドールの剣は、最後に帽子の中から出てきたのか?
整合性はあるのか?

そう思ったきっかけは、スティーブン・キングの『ランゴリアーズ』という本の冒頭にある制作ノートの中で、スティーブン・キングが次のように書いていたからです。

「ではすべて疎漏なくいっただろうか? それは疑わしい。かの偉大なダニエル・デフォーでさえそれは無理だった。『ロビンソン・クルーソー漂流記』のなかで、われらがヒーローはすっぱだかになって、たったいま逃れてきた船に泳いで戻っていく、そしてあの無人島で生きていくために必要な品々を、なんと服のポケットに詰めてくるのだ。…」
という記述があります。

なんてこと!!

早速『ロビンソン漂流記』をひっぱり出して確認しました。

「できるならば船に行こうと思い、非常に暑かったので着物を脱いで海に飛び込んだ。
      ↓
(クルーソーは船に乗り込むと)
わたしはお腹が空いていたのでパン類が収めてある部屋に行き、ポケットにビスケットを詰めて、ほかの仕事をしながら食べた」

たしかに……。
気がつきませんでしたーっ
けっこうな人が、ここのところを読み飛ばすでしょう。

そういうわけで、ハリー・ポッターです。
ハリー・ポッターは膨大な小説です。
第七巻は、かなり複雑。
描写につぐ描写…
そんなわけで、わたしはダニエル・デブォーと同じような間違いがあるのではないかと心配しています。

つまり、グリフィンドールの剣が何故最後に帽子の中から出てきたのかが、どうしてもわかりません。

帽子や剣にまつわる決まりごとがあるのかもしれないし、何か、ショートストーリーがあったのかもしれないけれど、そこを読みとばしています。

たまたま忙しい最中に、少しずつぐいっと読んだので、詳細をつかみそこねたかも。
あるいは、ハリー・ポッターのなかにも整合性に関する謎があるのか?

もう一回読み直せばわかると思うけれど、だれか教えてくれたら、そっちのほうがずっと早いなー。
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