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ぼちぼち日記

シニアの暮らし方や思い、猫たちのことなどをマイペースで記録しています。

病院に。

2025-06-07 17:46:24 | 家族
救急病棟から一般病棟に移ったと連絡があり、母に面会に行った。
ベッドの母はますます老婆になっていた。
私の顏を見ると、わかっているのかいないのか。
義歯をはめていないため口元が陥没して、もぐもぐするだけ。
何か言おうとするのだけれど声が出ない。
1週間も寝たきりでいると、関節が拘縮して普通の人でも体が痛くなる。
ましてや高齢の母だから、かなりの痛みなのだろう。時々顔をしかめる。
何かが見えているようで、しきりに天井の一点を見つめている。


点滴を入れ替えに来た看護師さんに少し質問すると、てきぱきと答え、病室を出て行った。
とても若い可愛い看護師さん。
今の母の場所からずっと遠くにいる人だ。

超高齢化社会。
この世界で、母の存在は芥子粒以下でもはやどうでもよい命だろう。
でも、私にとってはただ一人の親だから、目の前で苦しんでいる姿は胸にこたえる。




人生のうちで大半の人が経験する病の試練。
でも、溌剌とした日々を取り戻すための試練と、終わりに向かって進む試練とでは、苦しみが違うような気がする。
今の母の顔を見ていると、近い将来の自分の姿を容易に想像することができる。
今を大切に。
母がそれを教えてくれようとしているのかもしれない。


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母の入院。

2025-06-01 20:42:04 | 家族
日曜の朝。
なぜか早く目が覚めた。
8時過ぎにホームから母の体調が悪いので救急車を要請しますとの連絡。
急いで搬送先の病院にむかった。
担当医の先生によると、尿路感染症と左足の蜂窩織炎(傷からばい菌が入ることが原因)とのこと。
炎症反応が強く、かなりひどい状況。熱が高いので声をかけても私とわからないようだった。
そういえば昨日の夕方は母に会いに行ったのだ。その二日前に居室で転倒したとのことで、車いすに座っていた。
不安そうな落ち着かない表情で、机の上の雑誌をぼんやり眺めていたっけ。あの時すでに体調が悪かったのかもしれない。


何度目かの入院。
唯一の娘である私に、延命を望むか、どの程度までの医療処置を希望するか。
医師から必ず確認される。
そのたびに同じことを伝える。
痛みや苦しみをできるだけ少なく。負担のかかる検査や治療はしないでほしい。
延命は望みません、と。
ずっと母と共に生きてきた私が、母の代わりに決断する。
母の命を握っているようで、本当は苦しい。

でも、認知症になり何もかもが不安の日々のなかで、長生きをすることは母にとって幸せなことだろうか。
これからの日々。
苦しみなどなく、毎日が夢のような穏やかな時間に包まれていたらいいのに。
遠くない将来に、大好きな母のお父さんがそっと迎えにきてくれればいいのにな。


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おめでとう。

2025-05-30 22:07:28 | 家族
今日は長女の誕生日。
誕生日を祝える家族がいるって、何て幸せな事だろう。
頼もしい娘。
これからの一年が、健康に恵まれて楽しみの多い日々でありますように。
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あっという間に。

2025-05-18 13:51:11 | 家族
長く海外生活をおくっている長女夫婦。長期休暇をもらったので、広島大阪中国と弾丸旅行の最後に熊本にも寄ってくれた。
母の日にカーネーションやお菓子など色々プレゼントをもらう。
次女は今回赤ちゃんがいて帰らなかったが、可愛いメッセージカードとお菓子をおくってくれた。


長女からはフランス料理を食べに連れていくと言われていたけれど、断って家で手料理を作った。
もちろん母の手料理より数倍美味しいのはわかっているけど。
あと何回作ってあげられるかわからないからね。
(´Д`)

ところで、今回は珍しく風邪をひいてしまって長女達には心配をかけた。
「私たちが帰ったら少し休みなさいよ」と、長女。
でも、あっという間にやってきて、あっという間に帰ってしまったのだ。
その淋しさは身体を動かしていれば紛らわせるもの。

そして明日になればまた仕事。この週はかなりハードな案件あり。
忙しい日々が訪れていつもの日常にもどっていく。
お世話をしなければならない猫たちもいて。
だからまたひとりでも元気に生きていけるのだ。
(^_^)

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母に会いに。

2025-05-06 17:32:57 | 家族
ゴールデンウイーク最終日の今日。
母に会いに行く。
部屋で転倒して額に青あざを作っていたが、母は元気だった。

母の日がもうすぐなので、お菓子を沢山持って行った。
母にとって時間は静止しているのか、飛ぶように過ぎていくのだろうか?
今が5月と言うと、ええ?と驚いていた。
相変わらず私のことはわからなくて、施設の人には「私の母です」と紹介する。



それでも母が生きていて、母の日を祝えることは幸せだ。

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