井沢満ブログ

後進に伝えたい技術論もないわけではなく、「井沢満の脚本講座」をたまに、後はのんびりよしなしごとを綴って行きます。

宝塚 もはや反社会的行為ではないか

2020年03月11日 | 

宝塚歌劇は、政府方針を踏まえ、新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、2月29日(土)から3月8日(日)までの公演を中止すると発表したが、政府方針がなければ、黙って公演を強行していたのだろうか。

事実昨日10日には、貸し切りを含めて東京で2回公演を行った。2500席としてのべ5千人超がびっしりとした人混みの中にいたことになる。
宝塚劇場は女性客が圧倒多数だから、女子トイレは押し合いへし合いの密閉空間である。

劇場前のサーモグラフィの設置で安全が担保されるわけでないことは周知の通りである。

 宝塚歌劇は日常を離れ”夢夢しい”華麗なショーであり、楽しい。だからファンの気持ちは理解できるが、このたびのことは、劇場側の姿勢を含め押し寄せるファンも、宝塚歌劇への印象を著しく損ねてはいないだろうか。

 大相撲さえ無観客、選抜高校野球は中止で選手は泣き崩れている。幼い子供たちまで含めて国民がじっと辛抱をしている時に、いささか身勝手、無責任ではあるまいか。何千人規模のイベントに行きたいなら、無理して自粛することはない、という誤ったメッセージ拡散の担い手の一人になったことをもファンの人たちには自覚していただきたい。もし感染源になったとしたら、反社会的行為への加担者になりかねないのだ。いずれ子供を持つ人もいるだろう。その子に向けて「ママはね」と語って聴かせることが出来るのかどうか。

ネットでは「犯罪行為」とまで糾弾されながら、テレビで批判されないことにも劇場とファンの緩みとおごりの一因があるのかもしれない。ライブハウスに出かけた店員がいた寿司屋は場所も店名も明らかにされているのに。
テレビは阪急阪神東宝グループに忖度があるのかもしれない。全国区で報道されなくても国民の目は厳しく冷ややかになりつつあることは心得ておいたほうがいい。宝塚という美しい夢を軽挙盲動で汚さないほうがいい。万一感染源となれば宝塚の歴史にも傷をつける。規模の大きさから危険度はライブハウスの比ではない。心を痛めている、人としてまっとうな知性と感性を備えたファンもいる。

本日11日も午後1時半開演の1公演を予定しているそうだ。

 今日もまた マスクをつけているし手洗いもトイレで入念にしているからいいじゃない、というファンが押し寄せているのだろうか。相手はインフルエンザではない。専門家によると極めて特殊な菌である可能性があるという。

中国湖北発生当初から「兵器」の可能性も排除せず、危機感をもって情報収集に取り組むよう訴えてきた台弯出身、米国在住の化学者で毒物研究の世界的権威、杜祖健(と・そけん)氏のような学者もいる。生物兵器流出説の真偽は私には解らないが杜祖健氏の冷静な言い分は少なくとも荒唐無稽の陰謀論の範疇にはないと思われる。

メジャーな報道機関は触れていないようだが、その杜祖健氏の緊急来日の意味を考えたい。

https://news.nifty.com/article/economy/business/12114-589261/

杜祖健氏の主張「有事に備えた隔離病院船」の用意は必要だろう。

徒に危機感に煽られることなく努めて冷静で中庸ではありたいが有事への備えは考えておいたほうがいい。

有事の際の難民押し寄せ対策も同様であろう。狭い国土に人口の稠密な我が国である。コロナのみならず難民が持ち込むかもしれないウィルス対策もシミュレーションが必要ではないか。