果樹園ホテルに身を落ち着けた途端、どっと疲労が噴き上げたていで、
マッサージ中に、こむらがえり。
割に多いので、そのための漢方を服用することがあるのに
この度は持参していず、ふいにつる筋肉に戦々恐々。
新作のラフデッサンの如き原稿を書きにこもったのに
脳もこむらがえりを起こした塩梅で、一文字も書くこと能わず。呆然と過ごすうち今日もまた日が暮れる。
今朝は、山頂の温泉で日の出を迎えようという心づもりであったのに、
一度痙攣した足の筋肉は、山の傾斜を歩くには不安。
と・・・・書けぬまま岩下尚史さんの文章を読み浸るうち少しだけ
真似したくなって、文の調子が普段とは違う。
三島由紀夫と女性との濃密な3年間を描いた「直面」の、基となった
「見出された恋 『金閣寺』への船出」を、読んだ。
「直面」はドキュメントふうだが、「見出された恋」は純然と小説のていで、しかし両者通じ合い骨子はほぼ同じ。
それにしても三島文学の白眉「金閣寺」が女連れの取材で
生ったとは。執筆の合間にボディビル、映画出演・・・・と
華やいでいた作家の恋はもっぱら同性に向けられていた、と
世間の認知と私もおつかつであったのだが、3年間みっちりと
明け暮れ一人の女と過ごしていたのを知ることはかなりの
驚きではあった。
そういう目で見れば、三島の描く女像と女がまとう贅を尽くした
着物の描写、得心が行く。
平林たい子が三島の描く女を、素人なのか玄人なのか見分けが
つかぬと唾棄したが、慧眼ではあろう。
私など、三島虚構の中の畢竟、観念の女性であるのだから、と
許容して来たのだけれど。しかしながら、実際に女を描く際の
アーキタイプとしての存在があったとは。
女は三島のもとから突然去る。それは彼女の直感どおり
恋する相手ではあり得ても、結婚相手ではなかろうからだ。
それにしても、「直面」にも「見出された恋」にも、三島夫人の
片鱗の記述もなく、いっそ残酷なほど。
白眉は、婚約者連れの女と、すでに世帯を持っていた三島の
偶然の再会である。三島は女に向かい「僕とどこかに行こう!」と
迫るのだ。
付き合いのさなか、三島は女に「僕の子を産んでくれ」と迫り、
「葡萄牙」で暮らそうと夢を語るのだ。
岩下さんふうに、ポルトガルを葡萄牙と漢字表記してみたが。
「どこかに行こう」と衝動的に持ちかけた三島に、もし
女が応じていたら、三島のその後の人生の展開が
果たしてどうなっていたことか。
いずれにしても、三島の人生の帰結は自死しかなかった
ろうと思う。
私は、三島の書く文章から直感的にこの方の死を読み取っていた。
だがそれにしても、市ヶ谷での割腹には驚かされた。
文士の奇矯な振る舞いとまでは、私は思わなかったけれど、
三島が檄で訴えようとした内容を、ようよう理解したのが
近年のことである。
天才の早逝と私のような鈍才のべんべんと生きながらえることの意味を思い知っている。
頭脳俊敏な三島の倍生きなければ、私には理解の届かないことが
あった、とそういうことだ。
・・・・・ホテルの窓の外は、はや黄昏。
連なる山々の合間に、富士山は今日も姿を見せぬ。
と書いて、ふと目を上げたら扇を逆さにしたシルエットが宵闇の
空に浮かんでいた。いつの間に姿を表したのだろう。
Amazon評を見ていたら三島のファムファタールを「しょせん水商売の女」と切り捨てた方がいらして、それもまた一つの見方ではあろう。
人工的に作られたところの多い女こそが、おそらく三島の嗜好に叶い、
また女のほうも富裕の料亭の娘として花柳界の気風に染まり、幼い頃より贅沢三昧、日髪を結い足袋はそのつど履き捨てる暮らしから、三島に料理を供したり掃除洗濯は考えられなかったからこそ、三島の前からふいに姿を消し、いよいよ三島の夢の女となったのであろう。
誤変換他、後ほど。