goo blog サービス終了のお知らせ 

魚のあぶく。oO

日々の他愛もない日記と写真などの公開です

10/4(火) クールビズ

2011年10月04日 | Weblog


うーむ、昼ぐらいまで若干酒が残ってる感じやな(¬。¬;;

昨日は、飲み過ぎたぜい( ̄m ̄)

で、そんな中、昼から電車に乗って塾講に。電車の中で眠い(笑)

とりあえず、昼過ぎぐらいから、体を動かしていることもあり、元気になってきた。

で、僕の行ってる塾は、今年は節電の影響か、クールビズを10月末まで延長ということに。

いやまぁ、別にえーんやけど、今はすでに長袖で行ってるぞ(-。-)ボソッ

ボチボチ、上着も着るかなと思ってるのに…(¬。¬;;

もう、通年でノーネクタイにしたらえーだけやん(笑)

昼の授業が終わってから、夜は近場の教室に行くことに。

やっぱ、夜は冷えるなぁ( ̄m ̄)

今日のご飯

朝食 ヨーグルト

昼食 カップそば、おにぎり

夕食 豚汁、鶏の唐揚げ、納豆、ご飯、ビール、芋焼酎

うむ、豚汁が美味いぜい( ̄¬ ̄)ジュル

賠償基準は避難の遅早?

2011年10月04日 | news
東京電力福島第1原発事故のため自主避難した人たちの間で、賠償への「線引き」に困惑が広がっている。文部科学省の原子力損害賠償紛争審査会が先月、事故後1カ月程度の間に避難したケースには賠償を認める方針を固め、その後避難した人は「検討課題」と先送りにしたためだ。「避難は早い者勝ちだったの?」「汚染の実態が分かったのは最近なのに」。3日東京都内で開かれた集会には避難者ら約120人が集まり、線引きをなくすよう訴えた。

 ◇対象は事故後1カ月程度 「国信じ残ったのに…」

「事故直後から不安で仕方がなかった。でも国や東電が『大丈夫』と言い続けてきたのを信じて残ったのに……」。福島市の主婦、菅野千景さん(46)は悔やむ。中1(13)と小2(7)の娘2人を連れて京都市の公務員住宅に自主避難したのは、8月末になってからだ。

自宅は原発から約60キロ。すぐに避難することも考えたが、マイホームのローンを抱え、夫と離れ離れの生活になることはためらわれた。中学入学を控える長女の心情も考えた。生まれ育った故郷・福島への愛着もあった。

住んでいる地区の放射線量が比較的高いと知ったのは6月になってから。講演会や市民団体の集会に参加した。線量の数値や評価がこれまで聞いていた話とは違っていた。

自宅の線量を測ると、2階の子供部屋が毎時0・95マイクロシーベルト。平常時の屋外の20倍で、水ぶきしても数値は下がらない。娘たちには長袖にマスク姿で通学させる日々。「この状態が続くなら」と2学期の始まりに合わせた避難を決めた。

審査会は先月21日、自主避難者への賠償に関し、避難時期を「事故当初」と「一定期間後」の二つに区切って議論することを決めた。「事故当初」は「恐怖心から避難するのは合理的」として賠償対象とすることで一致。区切りについては、政府が計画的避難区域などの指定を発表した4月11日か、指定日の同22日が検討されている。

菅野さんはやるせない。「冷静に行動しようと思い、事故直後は踏みとどまってしまった。影響が出るかもしれない子供たちに申し訳ない上に、補償も出ないなんて」。引っ越し代や二重生活の費用がかさむ。

 ◇迷ううちに時間が

東京・永田町の参院議員会館で3日開かれた集会では、福島県郡山市から静岡県に自主避難した長谷川克己さん(44)が発言に立った。長谷川さんも8月中旬に避難した。

妻(35)の妊娠が2月に分かり、その直後の原発事故だった。5歳の長男もおり、福島で育てることに不安を感じた。一方で、福祉施設運営会社取締役として働き、長男が通う幼稚園のPTA会長も務めていた。「自分たちだけ逃げることが許されるのか」と迷ううちに時間がたった。避難を決意したのは、局地的に線量が高いホットスポットを取り上げたテレビ番組で紹介された数値が、長男の寝室と変わらないと知ってからだ。

避難先では新たな仕事を見つけたが、1カ月で失業した。「賠償されれば生活は助かる。しかし何より、自主避難が、愛する家族を守る正当な手段であったと認めてほしい」(11/10/04 毎日新聞配信より引用)


賠償拒否決定ではなく、検討課題とはいえ、あれだけ安全です、政府のいうことを信じてください、不安を煽る流言やデマには惑わされないでください、と散々垂れ流してた結果がこれかい(・_・)

『「事故当初」は「恐怖心から避難するのは合理的」』ていうことは、民主党政権の安全ですなんて言う戯言を信じるんは非合理的て、政府自らが認めたていうことやな(・_・)

とことん、最低な政権やな。