ひとりで3役をこなす わたし…

発達障害児(高機能自閉症・アスペルガー症候群)+ADHDの母親であり、 妻であり、でもその前に私は私です…

発達障碍の子供

2005-11-15 02:45:30 | 高機能広汎性発達障害
土曜日に療育病院の講習会に行ってきました。
色々あったのですが、心にのこったものを紹介します。

日々に進歩と幸福を図り、個性を伸ばす事である

子供の進歩(成長)ばかりを要求してはいけない。
まず 1日の終わりに「今日この子は笑顔があったかな?幸せだったかな?」と
振り返って欲しい。
子供自身が笑顔で毎日を楽しく過ごせたならば、
おのずと進歩(成長)していくものである。
その中でその子にあった物を見つけて伸ばしていってあげる事が大事である。

アタシなんか「あ~今日も怒鳴ってばっかりだ…hokuの笑顔はあったっけ?」
という毎日を送っているので、反省しました…
笑顔!笑顔!hokuは幸せか?と考えなきゃダメだなぁって思いました。

それと障碍を持った親はどうしてきたか?

いさぎよく 障碍を抱く
これは 水上 勉 という人の 生きる日々 という本の中に書かれていて
「私は、障碍は背負うものではなく、抱くものだなと考えた。抱く事が生きる事だなと考えた。」

いさぎよく悩み いさぎよく忘れる
これは 井上 美智代 という人の 500gで生まれた娘へ という本の中に書かれていて
超未熟児で生まれ 全盲と診断された時に死を選ぶ程悩んだ末
「この子は最初から見えない事が当たり前の世界で、
 特別障碍を持っていると意識できるはずがありません。
 それならまず 母親の私が見えないという事を忘れる事だ!」

いさぎよく 丸ごと受け止める{障碍は個性だ}
これは 乙武さんの 五体不満足 の本の中に書かれている事だそうです。

ほかにも先生の言葉に
「事実を変えられない時は それを受け入れるべきだ」

「病気は治りません。いや正確に言うと何らかの原因で脳細胞の一部がやられた後遺症です。
ですから生き残った細胞をしっかり育てなければならないのです。」


そして週刊誌に載っていたという詩の紹介もありました。

ごめんなさいね おかあさん

ごめんなさいね お母さん
ごめんなさいね お母さん
ぼくが生まれて ごめんなさい
ぼくを背負う かあさんの
細いうなじに ぼくはいう
ぼくさえ 生まれてなかったら

かあさんのしらがも なかったろうね
大きくなった このぼくを
背負って歩く かなしさも
「かたわな子だね」と ふりかえる
つめたい視線に泣くことも
ぼくさえ 生まれてなかったら

   わたしの息子よ ゆるしてね
   わたしの息子よ ゆるしてね
   このかあさんを ゆるしておくれ
   お前が脳性麻痺と 知ったとき
   ああ、ごめんなさいと 泣きました
   いっぱい いっぱい 泣きました
   いつまでたっても 歩けない
   お前を背負って 歩くとき
   肩にくいこむ重さより
   「歩きたかろうね」と母ごころ
   「重くはないかい?」と聞いてくる
   あなたの心が せつなくて

   わたしの息子よ ありがとう
   わたしの息子よ ありがとう
   あなたの姿を 見守って

   お母さんは 生きていく
   悲しいまでの がんばりと
   人をいたわる ほほえみの
   その笑顔で 生きている
   脳性麻痺の わが息子
   そこにあなたが いる限り

ありがとう お母さん
ありがとう お母さん
お母さんが いるかぎり
ぼくは 生きていくのです
脳性麻痺を 生きていく
やさしさこそが 大切で
悲しさこそが 美しい
そんな人の 生きかたを
教えてくれた お母さん
お母さん
あなたが そこにいる限り


hokuが高機能広汎性発達障碍と診断が出てから1年ちょっと…
疑いが出てからはもう2年も経ちました。
でも、アタシはその事実を受け止めたつもりでいました。
今日の講習を受けて…
実際 心底 hokuを丸ごと受け止めていなかった様な気がします。
きっと 受け止めてはいなかったんです。
だから 十分に頑張っている hokuに対して
「これが出来たから これも。あれも出来る。」って要求していた。
自立させるには…みんなと同じに出来なきゃ…ってやっていた。
hoku ホントにごめん。
ママ 全然受け止めてあげてなかったね。
これからは ママも頑張って変わるからね。。。


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