月下に杯を重ね

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備前長船一派と備前国

2005-12-01 22:53:14 | 日本刀
 古刀の時代に最も多く刀工を排出しているのは、備前国である。中でも長船鍛冶は特に繁栄した。
 備前国は、北に中国山脈、南に瀬戸内海を有し、気候風土の良い土地である。中国山脈には良質の鉄が多く算出されていたこと。備前国の国府が福岡であり、政治・文化の中心地として交通の要衝を占め、主な作刀地である湊・片上・伊部・香々登・畠田・長船との交流が深かった。
 長船鍛冶の中には、遠く武蔵国から注文され打っている記録がある(景光の作刀で武蔵国秩父郡丹治時基の注文。刀身に「秩父大菩薩」の彫りがある。なお、注文者は不明ながら同様の彫りのある短刀も存在し、こちらは上杉謙信の愛刀として知られるが、この注文者も武蔵国秩父郡丹治時基であろうといわれている)。

 備前長船は、室町末期に吉井川の氾濫により滅亡してしまった。
 このため、新刀を担う勢力として関鍛冶が美濃鍛冶がその中心的な役割を果たしていくようになるのである。

備前長船光忠

2005-12-01 22:32:53 | 刀工
 歴仁年代、備前國の人。
 近忠の子。備前國長船一派の祖にして、その代表的刀工のひとりである。
 その子長光をはじめ、子孫に真長・景光・近景・兼光など多くの名工を排出している。
 銘は「光忠」「備前國長船住光忠」。
 蛙丁子乱。作風は豪壮にして華麗。

名物:生駒光忠
 
 秀吉に使えた武将で、讃岐全土を納めていた生駒讃岐守親正の愛刀。
 

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