如何に普段はあれやこれや、やっていたんだナとつくづく思う…
休止休止ですごく手持無沙汰…
そして、Starbucksやコメダ珈琲店が有難かったか…
今はそこにも行くこともできない…
今日は久しぶりに飯田龍太氏の本を手にした
方代讃というコーナーにこの歌が載っていた
「ふるさとの右左口郷は骨壺の底にゆられてわがかえる村」
飯田龍太氏は笛吹市境川村で一生を俳句と共に過ごした俳人
そしてこの歌の山崎方代氏は隣町の旧右左口村(現在の中道町)出身だ
二人とも日本を代表する俳人と歌人だ、龍太氏はこの歌を
かってこれほど詩心の幸をもった歌を知らない…と言及している
山崎方代はumeさんの住んでいるエリアなので、現役時代に少し勉強したことがある
方代の歌は、口語体であることが特徴で、自らを「無用の人」と言っていた
世間から離れて暮らしていて、生涯独身であり孤独で寂しい生活の中
ありのままの素直な表現でいくつもの歌を生み出した…
「こんなところに釘が一本打たれていていじればほとりと落ちてしもうた」
「なるようになってしもうたようである穴がせまくて引き返せない」
「一度だけ本当の恋がありまして南天の実が知っております」
umeさんは方代のファンで、この三番目の歌がすきで、
俳句にも詠んだことがある
龍太氏が方代讃を繰り広げてくれたので、とても嬉しく読んだ
最後に「甲斐信濃国のさかいの鍛冶屋にて鞴の色を見せてもらいぬ」
という歌に”山崎方代はいつまでの鞴の火のようなひとであるだろう”
と結んでいるが、何度読んでも鞴の火のようなひと
というのが分からない
龍太氏はどのような人だと言っているのだろう…