NEETな日常

<Not in Education,Employment or Training>

「日本人民に責任はない」 by中華人民共和国外交部部長李肇星

2005-12-12 05:26:01 | 時事寸評
11日付の朝日新聞に『中国外相、首脳会談のない日中関係は「1人に責任」』という記事が掲載されました。
記事は、首脳会談が開けない日中関係に関しての中国の李肇星外相の発言を弾き、「責任は中国にはない。日本人民にもない」、「個別の指導者、1人が間違った行動を取り、A級戦犯を参拝し、アジア人民の民族感情を傷つけており、受け入れることはできない」と述べたとしています。

もしこれが本当ならば、日本の民主主義もなめられたものです。
たった一人の「個別の指導者」の思惑によって国政が左右され、その責任が「日本人民にもない」などということは、本当の民主主義国家にはありえないことです。
中国外相がこのような発言をする背景には、中国が一党独裁体制をとり、いわゆる民主主義国家ではないことがあるのでしょう。また、一方で、こんな事を言われてしまう日本の民主主義が未熟で未発達なせいでもあるかもしれません。
成熟した民主主義国家ならば、国の行動にはその国民一人一人が責任を持たねばならない。ある一個人が、国の政策を支持しようが支持しまいが、国の行動によって生じた結果の責任を負わされる、それが近代的国家と近代的国民の関係です。
その意味で、大日本帝国の犯した「戦争責任」は、ある特定の指導者やA級戦犯にだけあるのではなく、大日本帝国の構成者、上は天皇から下は天皇の赤子たる臣民に至るまで、主戦派か反戦派かの区別なく、日本国民全員にあるのだということを、はっきりと主張し、自覚する事が必要です。

こうした認識が、現代日本には決定的に欠如しているように思えます。
それは明治維新に始まる日本の「近代化」が、いつでも一部の支配層のイニシアチブによって行われ、近代国家の主要な構成員であるべきはずの大多数の「一般国民」とは関係のないところで議論され、行われてきたからではないかと考えます。
つい先日も、小泉の腰巾着たる武部幹事長(この人の名前がどうしても思い出せなかったのですが、「小泉・腰巾着」で検索を書けたら1ページめに標示されました。やはり同じように思っている人は少なくないんですねぇ。)が、日本は「天皇中心の国」などという発言をしていましたが、これなどもみずから日本の民主主義を否定する発言で、決して許されざる暴言なのですが、ほとんど問題をされることはありませんでした。
思えば2000年5月に当時の森総理大臣が「神の国」発言をした時には、おおいに騒がれたものでしたが、その時には、まだこうした発言を許さない雰囲気がありました。
この五年間で日本の民主主義は、さらに大きく後退してしまったのでしょうか。


思いやり予算、額見直し先送り

2005-12-10 08:33:14 | 時事寸評
日本中のあらゆるところで経費削減が叫ばれている中、なぜ「思いやり予算」なんてふざけた名前の経費が削減されないのでしょうか。
日本人の健康に密接なかかわりをもつ医療費をはじめ健康保険料の自己負担増額は行われるのに、日本国民の土地を不当に占拠しているアメリカ軍及びその家族のために支払う金があるというのは納得いきません。
こんな売国的行為を許しておいていいのか。
アメリカの犬に成り下がった売国奴、小泉と不愉快な仲間達よ、呪われろ。