本日京都オフ会も無事終わり、帰宅致しました。短い時間でしたが楽しい会となりました。詳細は改めてご紹介致します。
また、留守の間にたくさんの方にコメント頂いており、ありがとうございます。明日以降お返事させて頂きますのでご了承下さい。
今日は研究会の様子を報告させて頂きます。お楽しみ下さい。
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研究会当日、生憎の雨。早朝から着付、9時前に会場に着きました。この日の課目は初炭(五行棚)、長緒(五行棚)、平花月(五行棚)、台天目。時間が経つほどに緊張感は高まっていく。
9時過ぎになって舞台に実際立って畳を歩かせて頂けた。京畳を歩くのはこれが初めて。点前座に座ってみると関東畳に慣れた私にはやはり少し広い気がした。
公会堂は火が使えない為、初炭の下火3つは赤色ペンキで塗られた炭が置いてあるのみ。師匠より下火の炭の大きさを最初に確認するよう指導されていた。それは、炭を入れる際に、下火1つを向うに移動するだけの余裕があるかどうか、その跡に胴炭が入るかどうか、確認しておき本番で困らないようにする為である。通常は下火は燃えていて炭は細くなっているものであるが、赤く塗られただけの炭は3つともデンと大きく、とても胴炭を入れられる余裕はない。正客に座って下さる先輩が、準備をしている方に炭を細めのものに変えるようお願いして下さる。実際動かしてみて胴炭が入ることを確認、これで炭が入らなくてオタオタすることはない、ほっとした。それにしてもライトが熱い。
9時半過ぎて、全ての課目の参加者が揃って業躰先生にご挨拶に行く。緊張する場面であった。我が師匠は足がお悪いのにお出まし下さり、事前に業躰先生にご挨拶して下さっていた。“十分お願いしておいたから、安心してお点前しなさいね。”本当に有り難いこと、頑張らなくては。
10時、いよいよ始まる。舞台のライトは熱く明るく、客席はほとんど見えない。ご指導頂いた通りに手前に臨む。業躰先生からは何も声が掛からない。大丈夫なんだろうか、、、、。最後に香合の問答をする為に、曲がり茶道口の畳に足を踏み入れたところ、“そこ、右足は真っ直ぐでて、次の左足は60度の方向に。畳の真中を歩く。”初めて声が掛かった。戻ってやってみる。そして無事終了。
舞台裏に戻ると、裏方で準備している方が、“お疲れ様、一服どうぞ~”。おいしい菊のお菓子で薄茶を点てて下さった。大仕事を終えた後の一服は格別だった。
その後客席に戻り、皆さんのお点前を拝見。午前中は平花月まで。
午前中が終わり、わが師匠がお帰りになるので、ご挨拶に行く。“落ち着いて出来てよかったわよ”とお褒め頂きほっとした。この日の為に、師匠は貴重なお道具もお貸し下さった。野雁の美しい羽根や加藤十右衛門の珍しい形の塁坐灰器。
先生をお見送りし、午後は舞台に出た先輩方と一緒に研究会を引き続き拝見。
質問時間となり、男性のお弟子さんをお持ちとおぼしき方が、男性と女性の袱紗の扱いの違いについて質問していた。普段お稽古していて違いには気が付いていたもののその理由は気にすることもなかったが、なるほど~と思ったのでご紹介しておきます。男性と女性で袱紗の扱いは微妙に違う。
<釜の蓋の開け閉め>
男性は釜の蓋を南鐐以外は素手で開け閉めする。女性は全ての点前で袱紗を使って開け閉めする。(行以上は男女とも必ず使用)これが約束事。
沸騰した釜の蓋はかなり熱いもので、私も見ていて男性は気の毒だと思うことがあった。しかし、昔の釜の蓋は現代のものと違ってどんなに沸騰しても熱くならず、素手で持てるものだそうだ。業躰先生が千家十職釜師の大西さんに聞いたところ、昔の技術は現代の科学をもってしても解明できない、現在は熱くならないような蓋を作れない、その頃の材料が多分熱くならないものだったのだろうとの答えだったとか。
男性はどんなに蓋が熱くてもTHE我慢だそうです。
<袱紗のつけ方>
男性は帯の下から差し入れて挟んでつける。女性は帯の上から差し入れて挟む。これは男性の帯は半巾だからで、女性の帯の巾は広くて下から袱紗を差し込むのが難しかった為、上から入れることになったというもの。
茶の世界は男性から始まったから、男性本位。それを明治時代になって女性に開放して今や女性人口の方が多く、女性ならではの扱いも増えているが、そもそもは男性点前が最初にあったと考えるのが自然とおっしゃっていた。
最後にもうひとつ。香合や茶入の問答では、必ず形を聞く。どう聞きますか?
私は“香合のおかたちは?”と聞きます。でも、京都では“香合のおなりは?”と聞くそうです。形と書いて関東では“かたち”、京都では“なり”と読む。問答を聞くとその方が何処の方かわかりますね、と業躰先生。他にも、龍は、関東では“りゅう”、京都では“りょう”と読む。雨龍間道、龍安寺はあまりょうかんどう、りょうあんじと読むのは京言葉です、と。ほおおお。
他、襖の開け閉めや足運び、袱紗のさばき方など、細かなところもご指導が入り、とても充実したお稽古となった。これから私もご指導通り、曲がり茶道口を歩く時の角度には気をつけなくてはと思っている。
初舞台、業躰先生や淡交会の様々な方との出会い、見る客席と見られる舞台では随分と気持ちも見え方も違い、新鮮だった。とにかくいつもと違った視点で茶道を感じることができた貴重な一日だった。
この日の為に、先生はじめ本当にたくさんの皆さんに支えて頂いた。舞台の裏も見て、準備の大変さも感じられた。研究会を設定し、会員に連絡し、当日の準備、業躰先生のご接待、片付け、支部の幹事の皆様のご尽力は相当なものだろうと感謝した。両親も事前準備、当日と気遣いし、協力してくれた。これからも感謝して様々な経験を積んでいきたい。
また、留守の間にたくさんの方にコメント頂いており、ありがとうございます。明日以降お返事させて頂きますのでご了承下さい。
今日は研究会の様子を報告させて頂きます。お楽しみ下さい。
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研究会当日、生憎の雨。早朝から着付、9時前に会場に着きました。この日の課目は初炭(五行棚)、長緒(五行棚)、平花月(五行棚)、台天目。時間が経つほどに緊張感は高まっていく。
9時過ぎになって舞台に実際立って畳を歩かせて頂けた。京畳を歩くのはこれが初めて。点前座に座ってみると関東畳に慣れた私にはやはり少し広い気がした。
公会堂は火が使えない為、初炭の下火3つは赤色ペンキで塗られた炭が置いてあるのみ。師匠より下火の炭の大きさを最初に確認するよう指導されていた。それは、炭を入れる際に、下火1つを向うに移動するだけの余裕があるかどうか、その跡に胴炭が入るかどうか、確認しておき本番で困らないようにする為である。通常は下火は燃えていて炭は細くなっているものであるが、赤く塗られただけの炭は3つともデンと大きく、とても胴炭を入れられる余裕はない。正客に座って下さる先輩が、準備をしている方に炭を細めのものに変えるようお願いして下さる。実際動かしてみて胴炭が入ることを確認、これで炭が入らなくてオタオタすることはない、ほっとした。それにしてもライトが熱い。
9時半過ぎて、全ての課目の参加者が揃って業躰先生にご挨拶に行く。緊張する場面であった。我が師匠は足がお悪いのにお出まし下さり、事前に業躰先生にご挨拶して下さっていた。“十分お願いしておいたから、安心してお点前しなさいね。”本当に有り難いこと、頑張らなくては。
10時、いよいよ始まる。舞台のライトは熱く明るく、客席はほとんど見えない。ご指導頂いた通りに手前に臨む。業躰先生からは何も声が掛からない。大丈夫なんだろうか、、、、。最後に香合の問答をする為に、曲がり茶道口の畳に足を踏み入れたところ、“そこ、右足は真っ直ぐでて、次の左足は60度の方向に。畳の真中を歩く。”初めて声が掛かった。戻ってやってみる。そして無事終了。
舞台裏に戻ると、裏方で準備している方が、“お疲れ様、一服どうぞ~”。おいしい菊のお菓子で薄茶を点てて下さった。大仕事を終えた後の一服は格別だった。
その後客席に戻り、皆さんのお点前を拝見。午前中は平花月まで。
午前中が終わり、わが師匠がお帰りになるので、ご挨拶に行く。“落ち着いて出来てよかったわよ”とお褒め頂きほっとした。この日の為に、師匠は貴重なお道具もお貸し下さった。野雁の美しい羽根や加藤十右衛門の珍しい形の塁坐灰器。
先生をお見送りし、午後は舞台に出た先輩方と一緒に研究会を引き続き拝見。
質問時間となり、男性のお弟子さんをお持ちとおぼしき方が、男性と女性の袱紗の扱いの違いについて質問していた。普段お稽古していて違いには気が付いていたもののその理由は気にすることもなかったが、なるほど~と思ったのでご紹介しておきます。男性と女性で袱紗の扱いは微妙に違う。
<釜の蓋の開け閉め>
男性は釜の蓋を南鐐以外は素手で開け閉めする。女性は全ての点前で袱紗を使って開け閉めする。(行以上は男女とも必ず使用)これが約束事。
沸騰した釜の蓋はかなり熱いもので、私も見ていて男性は気の毒だと思うことがあった。しかし、昔の釜の蓋は現代のものと違ってどんなに沸騰しても熱くならず、素手で持てるものだそうだ。業躰先生が千家十職釜師の大西さんに聞いたところ、昔の技術は現代の科学をもってしても解明できない、現在は熱くならないような蓋を作れない、その頃の材料が多分熱くならないものだったのだろうとの答えだったとか。
男性はどんなに蓋が熱くてもTHE我慢だそうです。
<袱紗のつけ方>
男性は帯の下から差し入れて挟んでつける。女性は帯の上から差し入れて挟む。これは男性の帯は半巾だからで、女性の帯の巾は広くて下から袱紗を差し込むのが難しかった為、上から入れることになったというもの。
茶の世界は男性から始まったから、男性本位。それを明治時代になって女性に開放して今や女性人口の方が多く、女性ならではの扱いも増えているが、そもそもは男性点前が最初にあったと考えるのが自然とおっしゃっていた。
最後にもうひとつ。香合や茶入の問答では、必ず形を聞く。どう聞きますか?
私は“香合のおかたちは?”と聞きます。でも、京都では“香合のおなりは?”と聞くそうです。形と書いて関東では“かたち”、京都では“なり”と読む。問答を聞くとその方が何処の方かわかりますね、と業躰先生。他にも、龍は、関東では“りゅう”、京都では“りょう”と読む。雨龍間道、龍安寺はあまりょうかんどう、りょうあんじと読むのは京言葉です、と。ほおおお。
他、襖の開け閉めや足運び、袱紗のさばき方など、細かなところもご指導が入り、とても充実したお稽古となった。これから私もご指導通り、曲がり茶道口を歩く時の角度には気をつけなくてはと思っている。
初舞台、業躰先生や淡交会の様々な方との出会い、見る客席と見られる舞台では随分と気持ちも見え方も違い、新鮮だった。とにかくいつもと違った視点で茶道を感じることができた貴重な一日だった。
この日の為に、先生はじめ本当にたくさんの皆さんに支えて頂いた。舞台の裏も見て、準備の大変さも感じられた。研究会を設定し、会員に連絡し、当日の準備、業躰先生のご接待、片付け、支部の幹事の皆様のご尽力は相当なものだろうと感謝した。両親も事前準備、当日と気遣いし、協力してくれた。これからも感謝して様々な経験を積んでいきたい。
ありがとうございました!
南鐐の蓋のお話は、早速伝授してくださったのですね。
たまごさんのお話はいつもためになります。
また、お勉強させてください。
これもたまごさんの日頃の稽古の積み重ねが役に立ったのでしょうね。
釜師の大西清右衛門さんのお話を聞く機会が先月ありました。
私は白髪の着物を着た年配の方が登場されるのかと勝手に想像していたのですが、現れたのはスーツを着たスラリとした方でした(白髪ではなくツルリとされてました)。
持っても熱くない釜の蓋を作るのはとても難しいことなんですね。
今日のオフ会ではどうもありがとうございました。
私がのんびりお昼を食べていたので時間が押してしまいすいませんでした。
修学院小習さんには素敵なお茶室を用意していただきどうもありがとうございました。
とても有意義な楽しい時間を過ごさせていただきました。
ちなみに、まだたまごさんを見たことがない方々に報告いたします。
たまごさんは、お綺麗な方でしたよ。
きっと落ち着いて無事に舞台でお手前されたことでしょうね。
先生方はじめ皆様に感謝されるたまごさんの素敵な一面が伺えました。
>たまごさんは、お綺麗な方でしたよ。
ママも京都オフ会でお会いしたかったのですが子供の運動会と重なり残念でした。
次回の機会には是非参加したいと思ってます♪
今日のオフ会ありがとうございました。
今週は大変お忙しい一週間だったんですね。
お疲れ出しませんよう…いえ、お若いので大丈夫(笑)
ご一緒できました皆様
大胆にも高座してしまい、失礼致しました。
たまごさんを通じてこのような楽しいオフ会となりましたこと
心より感謝いたします。
>南鐐の蓋のお話は、早速伝授してくださったのですね。
昔の人は矢をつがえたり、手を使っていて手の皮が厚く、 釜の蓋も熱く感じにくかったとの歌織さんのお話もなるほどと思いました。今は手にタコができるほど皮が厚くなることなんて一般人にはないですものね。
今後とも宜しくお願い致します。
京都では大西さんや楽さんなど、身近にお話を聞ける機会がたくさんあって羨ましいです。私も住んでいれば積極的に参加したいものです。
何かいらしたら、色々教えて下さいね。
大西さんは私はテレビで拝見しましたが私の勝手なイメージとは違う方でした。
>今日のオフ会ではどうもありがとうございました。
こちらこそ、ありがとうございました。
旅行の最終日でかなり疲労が溜まっておりましたが、楽しいお食事と茶席でリフレッシュさせて頂きました。
研究会の舞台裏を見て、たくさんの方が頑張っているのだなあと実感しました。点前だけでなく勉強すべきことはたくさんありますね。
オフ会はまたの機会に是非。
お会いできるのを楽しみにしています。
ご友人にも楽しんで頂けたようで安心しました。
>お疲れ出しませんよう…いえ、お若いので大丈夫(笑)
昨晩は暴睡しました。
次回はもう少しゆっくりと時間を取りたいと思います。今後とも宜しくお願い致します。
研究会無事終わってほっとしています。
ここのところ忙しく過ごしていてブログにお邪魔できず残念です。9月のイベントはこれで終わったので週末辺りから伺えるかなーと思っております。
今回は奈良がメインでしたが、行き帰りに立ち寄った京都もまた思い出深いものとなりました。
これからも宜しくお願いします。