象島、中ノ島、高島の3つの島からなる三四郎島は、海の干満の差により陸と地続きになるトンボロ現象が起きる不思議な島。源氏の武者、三四郎が中ノ島に隠れ住み、彼と恋に落ちた小雪が引き潮の時の数時間、逢いに行ったという伝説も残っている。干潮になると幅約三十メートルの浜ができあがり、足をぬらさずに三四郎島に渡ることができる。また、満潮時には水面下に隠れてしまい、その上を小さな舟が自由に往来することがでる。
写真の左側が三四郎島で、右手前の島の間が陸と地続きになるトンボロ現象が起こる所。

昭和10年、天然記念物に指定された天窓洞は、凝灰岩でできている海触洞くつです。 入口が東口、南口、西口と3つあり、特に南口から入る洞くつは巾も広く長さは147mにも達し、中央は天井が丸く抜け落ちて天窓をなし、洞くつ内に光が射しこんでます。 季節・時間・天候により水の色が様々に変化し、何度見ても感動します。
天窓洞南口です。ここから遊覧船が入ります。

天窓洞の中から見た空です。
写真の左側が三四郎島で、右手前の島の間が陸と地続きになるトンボロ現象が起こる所。

昭和10年、天然記念物に指定された天窓洞は、凝灰岩でできている海触洞くつです。 入口が東口、南口、西口と3つあり、特に南口から入る洞くつは巾も広く長さは147mにも達し、中央は天井が丸く抜け落ちて天窓をなし、洞くつ内に光が射しこんでます。 季節・時間・天候により水の色が様々に変化し、何度見ても感動します。
天窓洞南口です。ここから遊覧船が入ります。

天窓洞の中から見た空です。

伊豆松崎出身の入江長八という鏝と漆喰の名人職人で建築家として伝統の左官技術の素晴らしい作品を展示してある美術館です。入江長八は天祐又は乾道と号し、文化12年8月5日(1815年)伊豆国松崎村明地に生まれ、手先の器用さに将来は腕をもって身をたてようと志し、12才のとき同村の左官棟梁関仁助のもとに弟子入りし19才のとき、江戸へ出て絵を狩野派の喜多武清に学びました。かたわら彫塑の技を修めてこれを左官の業に応用し、漆喰を以て絵を画き或は彫塑して華麗な色彩を施し、新機軸をひらいてついに長八独特の芸術を完成しました。
西伊豆松崎町 長八美術館

西伊豆松崎町 なまこ壁通り

重要文化財・岩科学校は、なまこ壁を活かした社寺風建築様式とバルコニーなど洋風を取り入れた伊豆地区最古の小学校である。明治12年4月に着工、翌13年9月に完成を見た洋風デザインの印象的な建物で、日本では甲府の旧睦沢学校(明治8年)、松本の旧開智学校(明治9年)などに次ぐ古いものとして知られている。
平成4年11月に2年間の改修工事を終了し、明治13年の形に復元された。
西伊豆松崎町 岩科学校

西伊豆松崎町 長八美術館

西伊豆松崎町 なまこ壁通り

重要文化財・岩科学校は、なまこ壁を活かした社寺風建築様式とバルコニーなど洋風を取り入れた伊豆地区最古の小学校である。明治12年4月に着工、翌13年9月に完成を見た洋風デザインの印象的な建物で、日本では甲府の旧睦沢学校(明治8年)、松本の旧開智学校(明治9年)などに次ぐ古いものとして知られている。
平成4年11月に2年間の改修工事を終了し、明治13年の形に復元された。
西伊豆松崎町 岩科学校
