この度の東北地方太平洋沖地震で被災された方々に、心からお見舞い申し上げます。
その映像を見るたびに、そして、更に広がるその被害の大きさに胸が痛みます。
11日の午後2時46分、私は外出先にいました
今までに経験したことのない大きな、そして長い揺れ
幸いなことに訓練されたスタッフの適格な判断と誘導で避難することが出来ました
その後、直ぐに都内にいる次男にメールを入れたところ
すぐに「大丈夫か?」と電話がかかってきて、無事な声を聞いて安心しましたが
主人にはいくらメールをしても返事もなく、電話をかけても繋がりませんでした
次男にもその後は繋がらなくなりました
恐らく電車は止まっているだろうと思いつつ駅に向かうと、やはり何時動くか判らないとのこと
その時点で駅員さんにコンビニの場所を聞き、コンビニで携帯の充電器と電池を買い
お金を下ろして、24時間営業のファーストフード店で待機することにしました
この時はそんなに深く考えていたわけではなかったのです
単に携帯の電池がなくなったら連絡が取れないな・・・と思ってのこと
お金を下ろしたのも、最悪タクシーで帰ろうと思ったからでした
周りのお店もスーパーも普通に営業していたし、買物袋をさげて普通に歩いている人たち
店内には軽快な音楽が流れ、あんなに大きな地震があったなどと思えないほどでした
情報源、連絡手段は携帯のみでしたが、都内は電話は通じず、メールも届いていないようでした
連絡が全く取れず、心細く、そんな中、滋賀にいる長男からの電話が入り
長男の声を聞いて少しホッとしました
その後は長男も連絡を取り続けてくれ、主人とは4時間ほどしてからやっと連絡が取れました
主人は私と連絡が取れず、心配になって自転車を借りて家に戻り
玄関を開けたとたんに、足の踏み場もないほどになっている我が家を見て
私が下敷きになっていると思ったそうです
お互いの無事を確認してから、あとは家に帰ることを考えていたのですが
情報源の携帯は充電器をつけていても、2時間ほどで電池がカラになり点滅を始めました
電池は6本買ってありましたが、いつ電車が動くようになるか判らないし
コンビニでも充電器も電池も売り切れているとの情報も見たので
なるべく連続では使わないようにしていました
日が変わる頃に池袋~新木場間で折り返し運転を始めたとの情報
でも、私がいたところから池袋まで土地勘のない私は歩くのは無理
タクシーもつかまらない
増してや都心は1時間で1km進むか?というような渋滞とのこと
やはり様子を見てやたらに動かないようにしようと判断
こんな時なのでお店でせめて情報を流してくれればいいのに・・と思ったけれど
全くの通常営業、携帯から見るTwitterが一番の情報源でした
避難場所のこと、トイレを貸してくれるところ、お水や食料を用意してくれているところ
交通情報もここが一番早かったです
明け方4時頃にタクシーがつかまり、池袋駅へ
駅からは電車で、途中何度も止まりながらも無事に帰って来ることが出来ました
13階にある我が家の中は壊滅状態でしたが、家族みんな無事でした
食事も出来て、お風呂も入れます
片付けもまだ終わらず、多少の不自由もありますが
家どころか、大切な命、大切な人を失った多くの方々のことを思えばなんでもないことです
今、自分に何が出来るか、考えながら応援の気持ちを送り続けたいと思います
僅かでも、まずは節電、小さい力でも沢山集まれば大きな力になる!と思っています
PCはこれで閉じます
最後になりましたが、ご心配くださり、連絡を下さった沢山の皆様にお礼申し上げます
ありがとうございました。。。