携帯破壊者~FOMA destroyer

三ヶ月に一度書くくらいの日記コーナー。

第三の浪士(mixi転載

2007-05-04 11:18:17 | 南條範夫
南條範夫は、プロフにしているくらい大好きな作家なのだが、どうも世間的にマイナーな気味がある。
乾いてつめたく、テンポの良い文章表現はともすれば印象が軽い。ライトノベル的なのだ。
文章そのものの厚み、味わい、叙情性は期待しないほうがいい。たとえて言うならシムノンのような、展開の速さと語りのうまさでもって勝負する人だ。この人にあってはネタは転がすものではなく、むしろ鮮度を保ったまま勢いよく料理してしまうものである。特に月影兵庫のような伝奇分野の作品にその傾向が強く、開けっ放しとも言うべき痛快残酷無惨譚が楽しめる。

さてこの「第三の浪士」はなかば伝奇、なかば本格歴史小説の変形作品である。
個人的には、このジャンルこそ南條文体の最高の生かしどころだと思っている。感傷や叙情性に溺れず、歴史のうねりにのまれるばかりの小さな物語を描いてみせるのだ。

本作は明治維新を敗者、桑名藩士たちと、その周囲にあつまる人々を主人公にすえて描く。

桑名藩は徳川の親藩で、藩主もバリバリのタカ派だったのだが、鳥羽伏見の戦いの後で本藩が降伏してしまった。藩主は江戸に居たのでこれを知らず、浪人君主となってしまう。ひどい裏切りもあったものだがこれに従う武士たちはさらに悲惨で、各地を転戦してはことごとく敗れる。ただ死ぬばかりではない、武士というものに幻滅を味合わされて死ぬのだ。惨めに負け、追い散らされ、死んでいくその旅路は殺伐として不毛だ。

幕府が倒れ、ひとつの世界観が死んでいく。それは小説世界の背景に突き立つ現実であるが、しかし彼ら、彼女らの物語は終わっていない。
それは幼い心の全てを傾けた恋であったり、卑しい振る舞いに対する軽蔑の念であったり、武士としての意地であったりする。
みな個人のレベルの話であり、国も、藩も、世界情勢も知ったことではない。維新後の展望などもちろんない。ただ場当たり的に戦い、泥はねあげて走り回り、あがき抜いて、死んでいくだけである。
しかしその勢い、ひたむきさ、前後をかえりみずただ信じることを行う情熱こそが、物語を力強く躍動させているのだ。

そう、南條範夫の名前を知る人なら、きっと知っていることだろう、あのフレーズ――
『武士道はシグルイなり』。

いっときいっときに全力を尽くす、手負いの獣の美しさを、あなたはきっと見るだろう。

わが恋せし淀君(mixiの転載分)

2007-05-04 11:14:18 | 南條範夫
絶版。
講談社大衆文庫か、角川文庫がおそらく最も手に入りやすい。
数は出ているので探せばあっさり見つかるかもしれない。
ちなみに角川は巻末の解説を星新一が書いているというサプライズがあるので、
手に入るならこちらを勧める。


南條範夫は多作な作家であり、創作分野も多岐にわたる。
南條の名を知らしめたのは残酷ものであるが、
時代小説に限っても残酷もの、剣豪もの、戦記、史疑、商売もの、政治もの。
現代であればパルプ・ノワール、ミステリ、怪奇。ジャンルをあげるだけでひと苦労だ。
変わったところではSFも書いている。本作、『わが恋せし淀君』である。

容姿も嗜好も時代遅れな主人公・誠之助は、あこがれの女性と聞かれて
「淀君!」と即答するようなズレた若者であり二流どころの雑誌記者。C調なノリだけが現代的である。
ハンドブック片手に大坂城をうろついていたところ、大坂の陣を控えた大坂城内にタイムスリップしてしまい…

…といった導入で始まる本作は、いわゆるライトSFの範疇に入る。
おおまかに言って小松左京、筒井康孝、吉岡平。もっと言えば、
マーク・トゥウェインの『アーサー王宮廷のヤンキー』を想像すれば大筋外れていない。
いわゆるタイムスリップものよりも異世界ものが近いだろう。
現代の進んだ考え方や情報量をアドバンテージに持っているが、それが大勢に影響することはない。
本作主人公である誠之助も、当初は、自分のあこがれである淀君と懇ろになりたい以上の願いはない。
コメディライクな活躍をひとしきりしてみせ、笑いを誘うが、その先にあるものはとてもシリアスだ。
大坂の陣が終わるとき、淀君もまた死ぬのだから。

本作の考証はきわめて細やかであり、大坂の陣、冬から夏への展開を細密になぞっている。実際の戦闘記録から政治事情、各陣営将士の思惑、当時の文化、思想などを大いにうかがわせ、躍動するダイナミズムの風を吹かせる。

「細部に神が宿る」という。南條は考証で手に入れたパーツを入れ子に駆使し、誠之助というIfを投げ込んでSFに仕たて上げてしまう。それも、SF的な破綻のないままにである。歴史にIfをつけて物語をつくることがどんなに難しいことかは、例えば多くの仮想戦記もの(の失敗)が示しているところだが、南條はそれを半世紀も前に成し遂げているのである。
お美事と言うべきか?やっていられないと言うべきか?
私はただ、読んで、舌を巻けとだけ言っておきたい。