携帯破壊者~FOMA destroyer

三ヶ月に一度書くくらいの日記コーナー。

元禄太平記

2007-06-27 22:10:16 | 南條範夫
元禄時代を舞台に、いわゆる「忠臣蔵」をメインの流れとして進む群像劇。

NHK大河ドラマにもなったらしい、が、いまは見ることが出来ない。当時はビデオテープが高価だったので製作サイドでは放送が済んだら上書きしちゃうのが普通だったらしいのだ。なんだよもー。

南條らしく、史料に忠実に基づいた部分と、大胆な仮説とがケレン味たっぷりに同居している。実在創作とりまぜた多彩な人物が大暴れする様は伝奇の醍醐味。『ドラキュラ紀元』とかのノリに近いかも。
忠臣蔵なので「なぜ松の廊下は起きたのか?」に始まり、討ち入りとその始末で終わるんだけど、そこは南條、徳川家康影武者説の仕掛け人の面目躍如、大仕掛けでもって「大石内蔵之助vs柳沢保明」という構図を作ってしまうのは、さすが。

個人的な見どころとしては、背景のすばらしさ。生類憐みの令、数年で物価が三倍になる悪夢のインフレ、一部商人のブルジョア化と相対的な武士の凋落。封建制度(≒武士道徳)が徐々にゆらいでいく様と赤穂浪士の脱盟者たちになぞらえて描かれている。
ふつうの忠臣蔵ではオープニング・アクトの松の廊下→浅野長矩切腹から、ハイライトの討ち入りまでの時間が長い。無為と焦燥と忍耐の時期だ。もちろんこれがないと忠臣蔵の理念が際立たないけれど、見ていて退屈なのは、たしか。それをうまいこといなして、南條らしい無惨の話として差し出しているのがファインプレーだ。

第三の浪士(mixi転載

2007-05-04 11:18:17 | 南條範夫
南條範夫は、プロフにしているくらい大好きな作家なのだが、どうも世間的にマイナーな気味がある。
乾いてつめたく、テンポの良い文章表現はともすれば印象が軽い。ライトノベル的なのだ。
文章そのものの厚み、味わい、叙情性は期待しないほうがいい。たとえて言うならシムノンのような、展開の速さと語りのうまさでもって勝負する人だ。この人にあってはネタは転がすものではなく、むしろ鮮度を保ったまま勢いよく料理してしまうものである。特に月影兵庫のような伝奇分野の作品にその傾向が強く、開けっ放しとも言うべき痛快残酷無惨譚が楽しめる。

さてこの「第三の浪士」はなかば伝奇、なかば本格歴史小説の変形作品である。
個人的には、このジャンルこそ南條文体の最高の生かしどころだと思っている。感傷や叙情性に溺れず、歴史のうねりにのまれるばかりの小さな物語を描いてみせるのだ。

本作は明治維新を敗者、桑名藩士たちと、その周囲にあつまる人々を主人公にすえて描く。

桑名藩は徳川の親藩で、藩主もバリバリのタカ派だったのだが、鳥羽伏見の戦いの後で本藩が降伏してしまった。藩主は江戸に居たのでこれを知らず、浪人君主となってしまう。ひどい裏切りもあったものだがこれに従う武士たちはさらに悲惨で、各地を転戦してはことごとく敗れる。ただ死ぬばかりではない、武士というものに幻滅を味合わされて死ぬのだ。惨めに負け、追い散らされ、死んでいくその旅路は殺伐として不毛だ。

幕府が倒れ、ひとつの世界観が死んでいく。それは小説世界の背景に突き立つ現実であるが、しかし彼ら、彼女らの物語は終わっていない。
それは幼い心の全てを傾けた恋であったり、卑しい振る舞いに対する軽蔑の念であったり、武士としての意地であったりする。
みな個人のレベルの話であり、国も、藩も、世界情勢も知ったことではない。維新後の展望などもちろんない。ただ場当たり的に戦い、泥はねあげて走り回り、あがき抜いて、死んでいくだけである。
しかしその勢い、ひたむきさ、前後をかえりみずただ信じることを行う情熱こそが、物語を力強く躍動させているのだ。

そう、南條範夫の名前を知る人なら、きっと知っていることだろう、あのフレーズ――
『武士道はシグルイなり』。

いっときいっときに全力を尽くす、手負いの獣の美しさを、あなたはきっと見るだろう。

わが恋せし淀君(mixiの転載分)

2007-05-04 11:14:18 | 南條範夫
絶版。
講談社大衆文庫か、角川文庫がおそらく最も手に入りやすい。
数は出ているので探せばあっさり見つかるかもしれない。
ちなみに角川は巻末の解説を星新一が書いているというサプライズがあるので、
手に入るならこちらを勧める。


南條範夫は多作な作家であり、創作分野も多岐にわたる。
南條の名を知らしめたのは残酷ものであるが、
時代小説に限っても残酷もの、剣豪もの、戦記、史疑、商売もの、政治もの。
現代であればパルプ・ノワール、ミステリ、怪奇。ジャンルをあげるだけでひと苦労だ。
変わったところではSFも書いている。本作、『わが恋せし淀君』である。

容姿も嗜好も時代遅れな主人公・誠之助は、あこがれの女性と聞かれて
「淀君!」と即答するようなズレた若者であり二流どころの雑誌記者。C調なノリだけが現代的である。
ハンドブック片手に大坂城をうろついていたところ、大坂の陣を控えた大坂城内にタイムスリップしてしまい…

…といった導入で始まる本作は、いわゆるライトSFの範疇に入る。
おおまかに言って小松左京、筒井康孝、吉岡平。もっと言えば、
マーク・トゥウェインの『アーサー王宮廷のヤンキー』を想像すれば大筋外れていない。
いわゆるタイムスリップものよりも異世界ものが近いだろう。
現代の進んだ考え方や情報量をアドバンテージに持っているが、それが大勢に影響することはない。
本作主人公である誠之助も、当初は、自分のあこがれである淀君と懇ろになりたい以上の願いはない。
コメディライクな活躍をひとしきりしてみせ、笑いを誘うが、その先にあるものはとてもシリアスだ。
大坂の陣が終わるとき、淀君もまた死ぬのだから。

本作の考証はきわめて細やかであり、大坂の陣、冬から夏への展開を細密になぞっている。実際の戦闘記録から政治事情、各陣営将士の思惑、当時の文化、思想などを大いにうかがわせ、躍動するダイナミズムの風を吹かせる。

「細部に神が宿る」という。南條は考証で手に入れたパーツを入れ子に駆使し、誠之助というIfを投げ込んでSFに仕たて上げてしまう。それも、SF的な破綻のないままにである。歴史にIfをつけて物語をつくることがどんなに難しいことかは、例えば多くの仮想戦記もの(の失敗)が示しているところだが、南條はそれを半世紀も前に成し遂げているのである。
お美事と言うべきか?やっていられないと言うべきか?
私はただ、読んで、舌を巻けとだけ言っておきたい。

達磨宰相・高橋是清(PHP文庫・「高橋是清」改題)

2007-04-30 23:45:50 | 南條範夫
南條の文庫で多いのは、なんといっても光文社の黒い背表紙。
ついで新潮社、徳間、旺文社と続き、河出書房、青樹といったところ。PHP文庫というのはあまり見たことがない。既刊案内では高杉晋作があるようだが、これも見たことがない。そもそも時代劇や残酷ものは毛色が違うのだろうか。

さて書誌的に珍しいこの本は、内容も少し変わっている。
南條の好む題材は、たとえばシグルイ巻末の「残酷について」にあるように、冷たくほの暗い世界である。
英雄を描くにも晴れやかな栄光ではなく、その挫折をこそ愛する。
愛を描くときにも、その終わりと幻滅を念頭に描く。
それを乾いて距離感のある描写でリズムよく仕上げるのが南條のスタイルなのだが、ここでは様子が違う。ポジティブなのだ。

前文にこうある。
「人類の将来を信じ、自分の生活を愛し、明るく愉しい気持ちで日々を暮らしている人は、しばしばへまをやり、隙だらけで、損をするかもしれないが、人々に交換を持たれ、周囲を明るくしつつ、生涯を送ることができる。これは、それだけで立派な生涯だ。(中略)明るく愉しく生涯を送ろうとする人々に、私は高橋是清のことを語りたい」。

そのとおり、高橋是清はじつにポジティブに生きていく。
とくに恵まれた人生の始まりをしているわけではない。むしろ日陰者として生まれ、稼いだ金は酒と女で使い果たし、明日をも知れないC調で無責任な青年期を生きている。仕事もなければ家もない、借金ばかりがふくれあがる。そんな状態でも、金に困っている奴がいるとポンと金を貸してしまう。そういう男だ。
どうも、ロクな大人にはなれそうもない男なのだが、しかし、その男の出世の仕方がすさまじい。
40代で日銀総裁、最終的には大蔵大臣になっている。それも、とくになろうとして運動したわけではないらしい。
高橋は基本的に人の悪意というものを今ひとつ理解できない男だったようで、用心というものをしない。たやすく裏切られ、いつもひどい目にあうのだが、近しい人にはとても愛された。結局のところ、そういうことなのだろう。


本作では一代の快男児の生涯を、南條一流の痛快な調子で物語っていく。
前文にあるように、人生に迷ったとき、社会の中で立ち位置を定められずにいるとき、読んでほしい。
すこしだけ、明るい気持ちで人生を眺められるかもしれない。


剣士流転

2006-07-01 21:02:07 | 南條範夫
俗にスターシステムというのがある。
作家がいくつも作品を作るなかで、顔や性格の似通った人物を使い回す方法だ。
手塚治虫がつとに有名だが、CLAMPまでいくとあれはシェアード・ワールドだという向きもあるかもしれぬ。南條範夫も多作であり、スターシステムを大いに活用している。たとえば、こうだ。

顔の蒼黒いやせぎすの、不健康な容姿。ゆがんだ心と卓抜した技をもつ剣士というのがその最たるもので、たいていの伝奇分野作品に顔を出す。
彼は殺人に禁忌を持たず、一般社会からも武士倫理からも逸脱した男である。
生まれながらの犯罪者タイプであり、殺して奪うのは生活の基本である。中年で、浪人が長い。よってつねに貧乏である。
シグルイで言うなら檜垣陣五郎を思い浮かべると、近い。


これをアーキタイプとして、作品ごとの属性をつけてマイナー化する。名前。剣術流派と剣に対する姿勢の如何(正々堂々か卑怯上等か)、作中強さランクでの位置。ゆがんだ性癖。悲惨な家庭環境、いかにして現在の状況に落ちぶれたか。…といった要素を選ぶ。
例えば「武魂絵巻」の車大膳。例えば「変人武士道」の黒堂典膳。「士魂魔道」草薙修理。「駿河城御前試合」黒江剛太郎。

さて、剣士流転である。
本作の特徴は、この悪役アーキタイプを主人公にした点である。
神道流の達者。剣に関する拘りは中程度、弱くもないが行動の基準になるほどではない。
彼の行動指標は一に忠義であり、二に妻である。
当初、「堀騒動」でお馴染み堀主永の家臣として登場するが、騒動にさきがけてクビになり、浪人に。奇跡のように美しい妻・照世があり、熱狂的に愛している。愛しているが、テンプレどうりの容貌・性格・経済状況なので愛されてはいない。二言目には「それが武士だ。貫けなければ、死ぬまでだ」。正しくシグルイでありテロリストであり、ナイスなキ印である。

お話は、加藤明成が照世を妾に差し出せと言った事に始まる。主人公はこの妻の運命の移り変わりにしたがって流転していくことになる。照世は美しいので、面識のある男性はほぼ全てがこれに求愛する。そのうえ照世は相当におマタのゆるい女で、いちいち全員と寝る。主人公の苦しみといったらない。
これに主人公に横恋慕する好色女、主人公の弟であったばかりに悲劇に巻き込まれるショタっ子、弟をサポートする忍者などが加わり、堀騒動の渦中で右往左往を繰り広げることになる。

この過程で主人公は何も成し遂げられない。
主君も守れない。妻も戻ってこない。新しく家庭を築くことも出来ないし、復讐を果たすこともできない。ただ殺戮の果てに忠義を失い、愛を失い、大いなる幻滅を味わう。あれほど彼を駆り立てていた、価値の全てがむなしくなる。そして無為と漂泊のなかに消えていく。
達成・獲得といった活劇の基本を大胆に無視した、魔法のような作品である。

とりあえずのリスト

2006-04-23 18:35:24 | 南條範夫
私の持っている南條範夫作品リストを作っておこうと思う。相当増えてきたし、すでに収集つかなくなりつつあるので。現時点で50冊程度持っているはずだ。いまの読書ローテーションはライトノベル→南條範夫→それ以外、というパターンにして消化に努めてはいるのだが、それでも古本屋を見るたびに探してしまうので、現状未読が増える一方だ。で、リストは作んなきゃなーとは思ってたものの、OS入れなおしてこっち、エクセルが重くてしょうがない。テキストでいいや、ってことでここに置いておく。

*は未読の印。アルファベットは面白かった度、Aがいちばんで。
斬首ただ一人*
第三の浪士 上下*
遺臣の群れ B
剣の舞 A
…以上、旺文社版。

武魂絵巻 上下 A
士魂魔道 上下 B
月影兵庫・上段霞切り B
慶安太平記 Bプラス
月影兵庫・一殺多生剣*
変人武士道 上下*
さむらい一匹 上下*
元禄絵巻*
…以上、光文社版。

英雄色を好む 小説伊藤博文*
鎮西八郎為朝*
一十郎とお蘭さま*
おのれ筑前、我敗れたり*
…以上、文春文庫

駿河城御前試合 A
十五代将軍 沖田総司外伝 C
桔梗の旗風 A-
おれの夢は*
いじめ刃傷*
織田信長 上下*
常時の連鎖*
戦国若衆*
孤高の剣鬼*
落城無残*
剣士流転*
右京介巡察記*
…以上、徳間文庫版

以下、そのほか。
有明の別れ
室町抄
城と街道
日本よもやま歴史館 A

…おお?書き出してみれば、そんなに多くないな。ほかに図書館で借りたりもしてたから、もっと多いかと思ってたが。これくらいなら立ち向かえる…ような気がする。
17:59 2006/04/23


感想など・武魂絵巻

2006-03-13 23:52:35 | 南條範夫
光文社文庫、上下巻。ヤフオクで数冊セットで購入したもののひとつ。
やはり絶版だが、光文社サイトでDL販売してるみたい。でも紙のほうが読みやすいよねやっぱり。PDAとか持ってるひと向けなんだろうか?私はできるビジネスマンではないし、どころかビジネスマンですらない。端くれだ。


さておき、武魂絵巻。
エンターテインメントに徹したタイプの作品であり、けっこう行き当たりばったりや偶然の出会いで話が進む。
内容。真田幸村の遺児である主人公、五位鷺志津馬(ごいさぎ・しづま)は倒幕を念願とする美剣士である。剣をとっては作品世界いちの彼であるが、独力で達成できる野望ではない。
そこで有力大名に近づき、これをそそのかして謀反させ、天下を乱すところから始めようと考える。幕府に楯突く意思と力を持つ大名として、彼は徳川忠長を選んだ。
…この時点ですでに野望は失敗臭い。忠長って…
が、ともかくも、そこを皮切りに幕府に不満のある諸大名に声をかけて回り、クーデターに備えようとする。これが五位鷺のシナリオ、骨子になる部分。まずオーソドックスな導入であると言えようが、…でも、これが全然すすまない。
この長編の肝は、なんと言っても妙に豊富な登場人物にある。彼らがそれぞれに意図をもち、絡み合うやら合わないやら、勢い良く空転し続けていく所にある。
恨みつらみ、すてばちな暴力、復讐心、愛。五位鷺やその従者・鬼丸などは、とてもまっとうな性格と行動の持ち主である。あるが、それゆえにあんまりお話を動かしてくれない。また、お話を強烈に小突き回してはあらぬ方向に持っていくような、異常にあくの強い人物がぞろぞろと出てくる小説なのだ。話がさっぱり進まない。
たとえば五位鷺のライバル的な剣士、車大膳。口癖は「蛆虫!」行き当たりばったりに行動する狂犬のような男。性格は最低のサディストでマゾヒスト、本物のロリコンで、強姦魔。主な収入源は辻斬り強盗。たまに登場しては状況をひっかきまわし、死体をいくつか残して退場する。
たとえば五位鷺に恋する女、織姫。強烈なツンデレであり、五位鷺に執拗に近づこうとする。そのためには手段を選ばない。五位鷺が駿府に行ったと聞けば、即追いかけることを決める。このために徳川忠長の側室になるのも辞さない…あれ? 五位鷺はしかし、ハーレムものラブコメの主人公さながらの鈍さを持つモテモテ童貞であるため、いっさい相手にしてもらえない。
たとえば忍者、まよわしの九蔵。織姫に懸想するが、ツンデレのツン部分しか与えてもらえないキモメン。車大膳を兄の仇として付け狙う。鬼丸を流儀の敵として付け狙う。伊賀者を語らって鬼丸を罠にかけるが、逆襲され、伊賀者数名に付けねらわれる。やはり行き当たりばったりに行動しては、状況をひっかきまわして居なくなる。
お話は、こうしたクレイジーな人物たちが足を引っ張り合って進行する。
五位鷺はほとんど受動的である。上記の設定のほかにはこれといった特徴のない主人公なのだ。ナイーブで朴訥な、めずらしいタイプのテロリストである。ぜったい成功しねえよコイツ。そう思わせること請け合いであり、事実成功しない。常に色々な厄介ごとに巻き込まれては時間を無駄にする。まあ、本筋も進めようにも、しょせんはかついでるのが忠長なのでどうにもならないのだが。
全体にライトノベルっぽい。何かのTRPGのリプレイを読んでるような気分になる。五位鷺がダメージディーラー、鬼丸が情報収集担当の盗賊。お目付け役の早念和尚は、きっとベテランプレイヤーなんだろう。キャンペーンシナリオを遊んでいて、セッションごとに別の参加者が居てゲストPCが入ってくるような感じだ。たいていのセッションではマスターの思惑を早々に外れてシナリオが進み、解決もけっこう場当たり的に行われる。
そう考えて読んでみると、そういえばビジュアル面にも気を使っている。イラストに起こしたら映えそうだ。織姫のツンデレ、ヒロインのロリエロ、ショタっ子、エロお姉さんと、隙のない布陣である。

読み終わったあと、べつに何も残らないお話である。でも読んでいる間はニヤニヤ笑いが止まらない。その場その場の強引な展開が文句なく楽しい、佳作。