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ロシア映画界のドン

2006-02-13 22:37:03 | 映画と演劇

ロシア国営第一チャネルのサイト ПЕРВЫЙ КАНАЛ で読んだ記事を、紹介したい。

話が前後して恐縮なのだが、 ” ニキータ・ミハルコフ  Никита Михалков の2005年10月21日の誕生日のことです。ミハルコフと言えば、日本でもなじみのあるロシアの映画人です。2003年(と思いますが確認とれず) NHK教育テレビで、ミハルコフ作品特集があり、かなりの本数の作品が放映されました。彼はロシア映画界のドンと呼ばれるのに、 まさにふさわしい人です。

彼の経歴を簡単に紹介しますと、童話作家として知られた "Сергей Владимирович Михалков" を父に、1945年10月21日モスクワに生まれました。1960年14才で映画デビュー、 以来俳優として監督としてまたプロデューサーとしてロシア映画界に重要な役割を占めています。 彼はソ連時代の国営映画制作会社モス・ フィルムの役員でもあったのですが、共産政権崩壊後の苦難を乗り越え、 今日のロシア映画の隆盛をもたらしめた人物であることは間違いありません。現在は彼自身の映画制作会社 " ТРИТЭ " を主催し、数々の名作を生み出しています。以前に紹介したアザゼリАзазель 2002年 そしてヒットした トレッキー・ ガンビートТурецкий гамбит 2005年 等が制作されています。

さて、彼の誕生日での話です。 ミハルコフが、「いったい誰を運んできたんですか」とノーネクタイで車を運転してきたプーチン大統領に訪ねました。 「わたしだけさ」とプーチン。勿論、護衛を多数引き連れてのことでしょうけど、大統領自身が運転してくるのですかね? プーチン大統領はミハルコフの還暦((юбиляру とロシアで言います) のお祝いに絵画をプレゼントしました。 ミハルコフは「ウラディミールがやってきた、ウラディミールがここにいる、友達よ」 と、古くから伝わるジプシーの歌でロシアの伝統的な歓迎の意を、プーチン大統領に表しました。

ロシアで高名な童話作家の自身の父を、「これが我が家の大僧正です」と、ジョークでプーチン大統領に紹介。父親は「なに、わたしは単なる年寄りさ」と、 大統領に答えたそうです。

プーチン大統領がやがて乾杯の音頭をとり、 ミハルコフを褒め称えるスピーチの後の答礼で「一時間半も誰もおめでとうを言ってくれなかった、みんな食事をしてるだけで、 今初めて大統領がお祝いの言葉を下さった」とミハルコフ。

 

ともあれ、プーチン大統領が私人の誕生パーティに出席した珍しい話題です。プーチン大統領と映画人との結びつき、以外と深いものがありそうですね。 きっと、 バンダルチュクを大統領のダーチャに呼ぶ件を話し合ったに違いない。ロシアに電話して、事情通に聞いてみましょう。

ついでに、ミハルコフの末娘の珍しい写真を ПЕРВЫЙ КАНАЛ で見つけたので紹介しましょう。拙稿の ”プーチン大統領はマッチョがお好き” で紹介した 「第九中隊 9 рота のプレミアム映写会でのインタビューでのこと。

彼女は父親ミハルコフノの制作、監督、出演の名作 " Утомлённые солнцем "1994年に出演、劇中で実の父親の子供役を演じていました。この作品、 前述のNHK教育テレビで字幕入りで放映されたのですが、録画ビデオを持っている人はお宝かな。彼女は出演当時5才ぐらいかな、 とすると今17才?

  

共演してるのは、 " オレグ・メンシコフ Олег Меньшикоб " です。メンシコフと言えば日本でも知られているのが、 ジュリア・ オーモンドと共演した" シベリアの理髪師 Сибирский цирюльник "。 1998年の制作ですが、実はこれもミハルコフが制作、監督、出演しています。この作品は日本でも、 日本語版が手に入りますので、ぜひご覧下さい。コーカサスで撮影されたロシアの大自然の美しさ、雄大さに圧倒されます。