象が転んだ

たかがブロク、されどブロク

「テロルの決算」とテロリズム

2022年07月11日 04時47分52秒 | 読書

 今回の惨劇を沢木耕太郎さん風に言えば、”67歳のかつては歴代最長の政権を築いた元総理大臣が、41歳の若きテロリストの激しい体当たりを受ける。男の手には自作した散弾銃が握られていた・・・”となるのだろうか。

 「テロルの決算」(1978)とは、1960年に社会党委員長の浅沼稲次郎(61)が東京日比谷公会堂にて、右翼の少年・山口二矢(17)に刺殺された”暗殺事件”における二人の交差と一瞬を見事に描いたノンフィクションの金字塔である。
 40年以上経った今でも、その圧倒的な完成度と凄みで多くの読者の心を震わせ、未だに語り継がれている、沢木耕太郎氏の若かりし日々の集大成とも言える長編傑作でもある。
 私は残念ながら、この作品を読んではいない。というのも、タイトルからして生々しくも血生臭く映ったからだ。事件そのものは知ってはいたが、僅か17歳の少年の犯行だとは今更ながら驚いてしまう。
 因みに、テロル(Terror=独)とは、暴力行為やその脅威により敵対者を威嚇する事(恐怖政治=テロ)とある。


テロリズムは許さない、しかし・・・

 この作品の取材で、沢木氏は様々なタイプの人と出会う。政治的には右から左まで、年齢的には10代から90代まで、地域にては北海道から九州までと・・・その中でも強い印象を与えた一人に中村忠相がいる。
 中村は、容疑者・山口二矢(おとや)の父である山口晋平の旧制高校時代の友人である。
 二矢が日比谷公会堂で浅沼稲次郎を刺殺すると、山口一家はマスコミの執拗な攻撃に悩まされた。その時、救いの手を差し伸べたのが中村だった。
 ”自分はテロリズムを容認しない。しかし、友人とその家族が困ってる以上、助けない訳にはいかない”と、その申し出を受けた山口夫妻は中村が経営する東京園の一室に隠れ住む事になる。
 以下、「三十年後の終止符と完璧な瞬間」から一部抜粋です。

 中村忠相は50代の時に、旅館の階段から落下して脊髄に損傷を受け、以来何十年も寝たきり状態になっていた。そして、山口二矢の事件を受け、山口一家に救いの手を差し伸べた時も、絶望的な宣告を受けていた。
 中村は沢木氏の取材に対し、国際情勢や教育問題や(日々思い続けてる)”新しい国家”についてよく語った。
 一方で山口二矢は、”後悔はしていないが償いはする”と、裁判を待たず、東京少年鑑別所内で”天皇陛下万才、七生報国”との遺書を残して首を吊って自殺した。因みに、”七生報国”とは(言葉通り)この世に生まれ変わる事ができる限り、永遠に国に報いるという意味である。

 ”(二矢が)生きていたら・・・どうだったでしょう”と沢木氏が尋ねると、(”誰の事か?”と聞き返そうともせず)中村忠相が言う。
 ”そう・・・楽しい事もあったかもしれないな”
 沢木も中村も、なぜか山口二矢の事だけは(互いに)口にしなかった。
 もし、彼が生きていたら、やはり”楽しい事もあった”のだろうか?
 だが、山口二矢が30代、40代と齢を取っていく姿をどうしても想像する事はできなかった。

 夭折した者には、それ以上の生を想像させないという所がある。自死であれ、事故死であれ、病死であれ、若くして死んだ者には、それが彼らの寿命だったのではないか。しかし、夭折者の多くは、山口二矢ほど鋭く”もし生きていたら”という仮定を撥ねつけはしない。
 どうして彼だけが、”もし生きていたら”という仮定を弾き返してしまうのだろうか?


完結した死と完璧な瞬間

 沢木氏には、山口二矢の写真を見る度に思い出す顔がある。それは、23歳の若さで死んだボクサー大場政夫の顔だ。
 大場は、1973年1月にチャチャイ・チオノイとの世界タイトルマッチで奇跡的な逆転勝利を収めた3週間後、首都高速でシボレーコルベットを運転中に大型トラックと激突し、死亡した。その衝撃は、この刺殺事件にも負けてはいなかった。
 私たちが知ってる山口二矢の顔は、日比谷公会堂における有名な現場写真のものである。山口は胸の前で刀を構え、メガネがずり落ちた浅沼稲次郎に向かって、更にもう一撃を加えようとしている。

 その写真の山口二矢の印象は、切れ長な目をした細面の若者である。そして、大場政夫もまた山口と同じ様に、切れ長の一重の瞼に細面の顔立ちをしているのだ。
 ”白面”という言葉には、色の白さと同時に年齢の若さという意味が含まれるが、二矢も政夫もその白面に相応しい顔立ちである。
 ところが、中村忠相の”楽しい事もあったかもしれないな”という言葉が私に、大場政夫を(手塩にかけて)育てたマネージャーである長野ハルの言葉を思い出させてくれた。
 かつて彼女は、”政夫には引退してからがもう1つの人生なの”と言い続けていた。”それから楽しい時が待ってるのよ”と語っていた。
 だがそれを聞いた時、”楽しい時”を迎えている30代40代の大場の姿を思い浮かべる事が出来なかった。大場政夫もまた山口二矢と同じ様に、”もし生きていたら”という仮定を鋭く撥ね返してしまう夭折者の一人だったのかもしれない。

 山口二矢は、日比谷公会堂の壇上に駆け上がり、持っていた刀で浅沼稲次郎を刺し殺した。それは彼が望んだ事を完璧に具現化した瞬間だった。彼は17歳のその時、"完璧な瞬間"を味わい、完璧な時間を生きたのだ。
 そして大場政夫もまた、日大講堂に設けられたリングの上で完璧な瞬間を味わい、完璧な時間を生きた。事実、見てる者が震える様な試合をやってのけたのだ。
 若くして”完璧な時間”を味わった者が、その直後に死んでいく時、つまり、物語にピリオドが打たれる様に死が用意される時、(私たちには)それが宿命の如く思えてしまう。

 沢木氏は、少年時代から夭折した者に惹かれ続けていた。それは、必ずしも彼らが”若くして死んだ”からではなく、”完璧な瞬間”を味わったからではと考えた。
 つまり、”完璧な瞬間”という幻を常に追いかけ、その象徴が”夭折”であったのではないか。なぜなら、”完璧な瞬間”は間近の死によって更に完璧なものになるからだ。
 重要なのは、”若くして死ぬ”事ではなく、”完璧な瞬間を味わう”という事だったのだ・・・

 沢木氏はそうした錯綜した思いを中村忠相に伝えようとして口をつぐんだ。彼の何十年にも渡るベッドの上の困難な生は”完璧な瞬間を味わって死ぬ”という、山口や大場の”直線的な生”とは対極にある事に気がついたからだ。
 多分、若くして死ぬ事のなかった私たちの生は、二人の若者の直線的で短い生と、中村忠相の長く困難な生との間に漂ってるのだろう・・・

 以上、”本の話”からでした。


最後に

 沢木耕太郎氏のこのコラムは、”夕陽がゆっくり沈んでくのを眺めながら・・・私の内部には(依然として)<完璧な瞬間>の幻を追い求める衝動が蠢いてる様な気がする。私にとってそれが一体どの様な場に存在するのか?全くわからないにもかかわらず”で、締め括られている。

 1960年の浅沼稲次郎刺殺事件も(当時の映像で見る限り)衝撃的だったが、その際に使われた刃渡り33センチの刃物は、今回の安倍元首相銃殺事件で使われた長さ40センチの自作の散弾銃とダブるものがある。
 2つの事件に政治思想的な共通点は少ない様にも思えるが、山上容疑者の”困難な生”と安倍元首相の”完結した死”という2つの世界の一瞬の交差は、出来すぎと思える所もある。

 ただ言えるのは、スッキリしないこのモヤモヤ感は、沢木氏が「テロルの決算」を書いた時に味わった漠然とした衝動と似てる様にも思えた。
 神格化されるのは、故安倍元首相か?それとも山上容疑者なのか?(私的には)両者ともにそれは有り得ないと思わなくもない。
 勿論、共に単独犯で公衆の面前かつ演説直後の犯行で、それに右翼少年の父は自衛官で、山上容疑者も元自衛官。そうした表面上の共通点は多いが、”天皇陛下万才、七生報国”と自決間際に言い放った山口二矢の純粋無垢な動機とは異なる様にも思える。

 ただ、スマホの映像で見る限り、山上容疑者の色白で細面な風貌と(41歳にしては)幼く華奢に見える体躯が、脆く危うい何かを訴えてる様でもあった。これは沢木氏が大場政夫と山口二矢に垣間見た危うい何かではなかったか。
 ただ、”完璧な瞬間”で言えば、(即死に近い失血死であった)今回の惨劇の方がより”完全”に近かった様に思えた。しかし、今回の惨劇が”完璧な瞬間こそが完結した死を迎える”という事を教えてくれた気がしないでもない。 

 今回の事件について多くを語ろうとは思わないし、色々語った所で何がどう変わる訳でもでもない。というのも、私が今思ってる事は、多くの日本人が(口には出せないが)腹の中に抱え込んでるものと同質の様に思えるからだ。
 一方でメディアは、安倍元首相を異常なまでに持ち上げ、他方では(彼が行ってきた)長年に渡る愚策や疑惑も大きく指摘されてはいる。
 英国BBCは(この事件は)”日本を永久に変える”と論じたが、(いい方向に変わるか否かは)参院選挙の結果を見ないとわからない。

 ただ、今回の惨劇を見て「テロルの決算」を思い出したというフォワーの記事を見て、この作品に何か(先の見えないイライラ感を払拭させる)ヒントがあるのではと、とりどめもない事を書いてみた。
 しかし私も、沢木さんが味わった漠然とした迷いから抜け出す事が出来ずにいる。
 テロリズムがいけない事はわかっている。しかし、自民党のワンマンな愚策や蛮行も許さるべきではない。

 参院選挙の結果は(予想通り)自民の圧勝となったが、自民党が今後更に結束を固めるのか?野党がこの屈辱をバネに巻き返すのか?
 沢木耕太郎氏が言う様に、我々国民はこれからも”その間を漠然と漂い続ける”のかもしれない。



22 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
象が転んだ様へ。 (りくすけ)
2022-07-11 07:49:41
お邪魔します。

「テロルの決算」とテロリズム、
興味深く拝読いたしました。
確かに若かりし沢木耕太郎氏の集大成。
文面は粗削りな面もありますが、
ルポライターの凄みを感じる一冊ですね。
沢木氏は優れたスポーツライターでもあり
大場政夫との対比も見事です。

天災ボクサーの夭折、
作品発表当時は記憶に新しいですが、
2022年の今となっては、
(オールド)ボクシングファンにしかピンと来ないかもしれませんね。

氏が、取材対象に抱いた漠然とした衝動。
象が転んださんが、また日本人の多くが、
胸に抱くモヤモヤ。
似ているかもしれません。
僕も、その正体について思考しています。

では、また。
Unknown (1948219suisen)
2022-07-11 08:14:19
私はボクサーのことはわからないのですが、確かに浅沼さんを暗殺した人と今回の事件の犯人に共通したものは感じますね。転象さんのいわれる通り風貌も似ていそうですし政治家の大物を襲ったということも似ています。動機はどうでしょう?浅沼さんを襲った少年は右翼でしたが、今回の犯人は特に思想は持っていなさそうですから、今のところは単なる恨みからの行動であったようですね。

それより似ているのは、今回の犯人と、私を誹謗中傷する犯人かもしれません。いずれも、本当の攻撃目標は別にあるのに、安倍さんにしろ、私にしろ代理目標にされたかもしれないことです。

特に私など市井の平凡な主婦ですから攻撃の対象にされること自体が間違っています。

今回の犯人も、精神障害者であった可能性があります。

山口二矢は、まだ少年であったのに筋金入りでしたね。ある意味、天晴であったかもしれません。
脅しとテロリズム (腹打て)
2022-07-11 10:29:55
今回も自民の圧勝だった。
しかし言葉は悪いんだけど
同じ安倍派内でも、”天罰を受けた”とか”死んで当然”とかの声もある訳で・・多分
”容疑者を国民栄誉賞に”との過激な声もSNS上ではチラホラと出てはいる。
かのプーチンも白々しい発言してるが、心の中ではセセら笑ってる。トランプもバイデンも習近平も同じだよ。

一方で、SPの怠慢も指摘されてる。安倍氏の背後はガラ空きだったし、現場でも”SP何しとんねん”の声が上がってた。
自民党からすれば、安倍氏の存在は(業績もそうだが)イメージ的にもマイナスで、”政界から消えて欲しい”というのが本音だったろうね。

言われる通り、メディアが安倍氏を持ち上げる程に、国民の反発は大きくなる筈なんだが、参院選の結果を見ると、日本人は変わらないね。全く呆れてしまう。
たった一つの銃弾が歴史を変える事はよくある事で、5.15事件は2.26事件を呼び覚まし、軍部の暴走を加速させ、太平洋戦争に突入した。

脅し(テロル)という点では、個人のテロリズムも自民党のワンマン政治も同じようなもんだけど
ただ言えるのは、今日本国民が考えてる事は大体において想像がつくと言う事かな。 
りくすけサン (象が転んだ)
2022-07-11 12:18:18
荒削りな文面だったんですね。
余計に読んでみたくもなります。
タイトルからして、沢木さんの怖い一面を垣間見るようで、近づくのさえ怖いほどですが、若き日のフットワークを最大限に活かした究極のルポルタージュとも言えましょうか。

言われる通り、今回の惨劇はテロに対する衝動とワンマン政府に抱く漠然としたモヤモヤ。
山上容疑者の犯行が生活苦から来る純粋な恨みなら、一層モヤモヤ感が増しますね。

りくすけサンの記事とても参考になりました。漠然と書いただけなので答えにもなってませんが、とても参考になりました。
1948219さん (象が転んだ)
2022-07-11 12:21:13
某宗教団体への恨みとそれに安倍氏が蜜に繋がってたとされた結果の個人的恨みによる犯行とされてますが・・・
山上容疑者の母は宗教に狂い、兄は経済苦のために自殺。本人も必死に勉強しても懸命に働いても大学にもいけないし正社員にもなれない。

ブログで書いた様なこうした”困難な生”が犯行に直結したのではと思います。そういう意味では”完璧過ぎた”犯行とも言えますね。
国民がどちらに同情するかは大方想像は出来ますが、かと言って両者共に神格化される事もないと思います。

1948218さんを悩ますのも、ある意味”テロルの決算”とも言えますね。
悔しい事ですが、ブログを休むというのも1つの手かとも思います。
腹打てサン (象が転んだ)
2022-07-11 12:24:22
そーなんですよ。
岸田総理が今回の件を”愚劣な蛮行”と言うのなら、自民党のワンマンも民衆に対する”悪質な脅し”ですよね。

祖国か死か、英雄かテロリズムか
と言った議論で大きく真っ二つに分かれるかもですが。
テロル(脅し)というのは自民党という集団権力にもなり得るし、個人のテロリズムにもなり得る。
更に、民主主義に対する冒涜を言うのであれば、自民党も民衆に対する権力です。

勿論、安倍元首相の死に対しては、遺族にお悔やみを申し上げるべきだが、これまでにやらかし続けた愚行と疑惑は別問題です。それに、一連の巨悪な不正をもみ消そうとした自民党も同罪。
今回も自民の圧勝に終りましたが、これで国民を骨抜きに出来たと思ったら、それこそが愚劣な傲慢であり、テロルですよね。

でも、モヤモヤ感が抜けないんですよね。
Unknown (♡マブリー)
2022-07-11 13:08:16
私にとって沢木さんは、朝日新聞に掲載されていた「銀の街から」の映画エッセイですが・・・今日の 「テロルの決算」の本のお話、感銘しました。
特に夭逝した者と中村忠相さんの対比 (この中村さんのこと初めて知りましたが、気骨のある人物ですね)

また"完璧な瞬間と完結な死" " 白面"  では
ちばてつやさんの「あしたのジョー」を想いながら拝読しました。

いつの世も混沌としていたと思いますが、ここ数年のコロナ禍、ロシアのウクライナ侵攻、世界中の争いリーダーの不在、地球の温暖化・・・どんな世の中になって行くのでしょうか?

私もただ、『その間を漠然と漂い続ける』・・・
のでしょう・・・
田舎はすべてが自民党 (tokotokoto)
2022-07-11 13:08:40
田舎は自民党。
ど田舎はもっと自民党。
その上にメディアも自民党。
これじゃ野党は勝てない。それに足元を見られてるから余計に勝てない。
お陰で田舎はどんどん貧しくなり、自民にすがる。更に貧しくなり、もっともっと自民にすがる。

選挙のこうした悪質なシステムを変えない限り、自民は勝ち続ける。
そして日本は格差が広がり続け、どんどん貧しくなる。 
マブリーさん (象が転んだ)
2022-07-11 16:42:06
お久しぶりです(多分)。
お褒め頂いて恐縮です。

「テロルの決算」は沢木耕太郎が
夭折した若きテロリストを神格化する事もなく、テロリズムを肯定する事もなく
彼の周りを取り巻く人々の群像とドラマを詳細に描いた迫真のルポルタージュですよね。
こうした長編傑作を僅か30歳未満で書ける沢木さんの作家としての力量と才には頭が下がります。

大体において、こうした歴史上の惨劇が起きれば、殺される側も殺した側も神格化され、最後には曖昧になる傾向にあります。
テロリズムとか蛮行とか批判するのはサルでも出来るんですが、この惨劇の本質を批判するのは誰にでも出来るものではないです。
本質を見抜けない政治家や専門家が増えれば、益々世の中は混沌とし、テロリズムを助長する悪徳政治家や”テロル”を果たそうとする若者が増えていく。

こうした惨劇が起こる事自体、政治家の責任と愚策な筈ですが、未だに日本人は”カワイそ〜”なんですよね。
そして選挙の結果はもっと無様なんですよ。

ああ愚痴が多くなって、スミマセンです。
tokoさん (象が転んだ)
2022-07-11 16:50:57
言われる通り
95%の田舎に支えられた組織票とも言えますね。
この20年間が失われた時代である事を田舎の人たちがどれほど理解しているのか?
庶民の唯でさえ貧しい懐を自民党がどれだけ奪い去ったのかをどれだけの人が理解せるのか?
本来なら(わざとらしく)哀悼の意を表すべき所でしょうが、故安倍氏には”生き返って償え”と言いたいです。
山口二矢が自決する時に唱えた”七生報国”の言葉は、本来なら政治家の為にあるべきだと思います。

コメントを投稿