歴史だより

東洋の歴史に関連したエッセイなどをまとめる

《桃木至朗先生の大著を読んで その1》

2012-09-02 18:27:59 | 日記
《桃木至朗先生の大著を読んで その1》

桃木先生のご高著『中世大越国家の成立と変容』(大阪大学出版会、2011年、9975円)
桃木先生は、1955年、横浜市に生まれ、京都大学大学院文学研究科をへて、現在、大阪大学コミュニケーションデザイン・センター教授で、文学研究科世界史講座と兼任されており、要職にある。
専門はベトナムを中心とする東南アジア史・海域アジア史であり、以前、本ブログにおいても、ご編著の『海域アジア史研究入門』(岩波書店、2008年)の内容を詳細に紹介したことがある。
ところで、本書は、桃木先生の専門の中の専門分野であるベトナム前近代史、とりわけ李陳朝期を対象とした本格的な学術書である。すなわち、471頁にもわたる浩瀚な大著で、大学院生時代から今日まで先生の長年にわたる研究成果を集大成された学術書である。「本書は2009年に広島大学に提出した博士論文に補訂を加えたもので、章立てはまったく同じ」だが、ただ、序章と第二章と終章はほぼ書き下ろしである(56頁)。
先生が研究生活に入られたきっかけ、学者としての人生の軌跡については、ご本人が「あとがき」(425頁~428頁)において記されているので、掻い摘んでご紹介しておきたい。
京大の東洋史学専攻でありながら、なぜ東南アジア、とりわけベトナム史のような「マイナーな分野」を選ぶに至ったかの経緯がわかる。1955年生まれということもあり、世代的にはベトナム反戦運動に参加されたことはないものの、中学・高校時代は、ベトナム戦争の時代であり、京都大学に入り、「ベトナムや東南アジアの歴史は日本にほとんど専門家がいないらしい」と聞いたことが、東南アジアの歴史研究を志したきっかけであったという。大学の2回生のときに、1975年4月30日、サイゴンが解放された歴史的事件により、ベトナム史に強く興味を抱いたが、ベトナム戦争世代の研究者は近現代史を専攻した人が多かったものの、桃木先生は、もともと日本の戦国時代など前近代史に関心があった。中国学で有名な京都大学であるにもかかわらず、漢文と中国史ばかりの授業に面白さが感じられず、マイナーな東南アジア史を専攻されるという「万事あまのじゃく」的性格により、ベトナム史を研究されるに至ったと謙遜をこめて、語られる。
京都大学には、当時、インドネシア史専攻の植村泰夫先生が大学院生としておられ、3回生に上がった時に、東南アジア研究センター(現東南アジア研究所)の石井米雄先生が「東南アジア史学会関西例会」を創設され、翌年、桜井由躬雄先生が、同センターに就任されたことも、桃木先生の学問研究に背中を押すことになった。桃木先生が学問的に鍛えられた場とは、1980年代の「関西例会」、「東洋史研究会」での経験と、足立啓二氏や渡辺信一郎氏の主催する「中国史研究会」や、杉山正明氏をはじめとする先輩から東洋史を革新する新しい展望を聞けたこと、そしてベトナム留学である。こうして広い視野が得られたという。
 もともと東南アジア史では欧米に留学するのが普通だったが、アメリカ留学帰りの父への反発もあり、桃木先生自身、欧米への留学は考えられなかったそうだ。そこで、1986年10月から1988年7月まで、ドイモイ(刷新)開始直前のハノイ総合大学ベトナム語科(現ハノイ社会・人文科学大学ベトナム学・ベトナム語学科)に現地留学を果たした。停電、断水、外国人へのきびしい監視体制など、ご苦労は多々あったようだが、ベトナム語の習得や研究者との交友、人間関係づくりにおいて、有意義な留学であったという。1990年代以降には、日越間の学術交流が広がった際に、その語学力と人脈が役立ったといわれる。
 帰国後、1988年10月から1992年3月には、大阪外大に転任してベトナム語の教員となり、1991年度(同年度は大阪外大と兼任)には、大阪大学に移り、近代世界システム論とグローバル・ヒストリー、中央ユーラシア史、新しい中国史などとの学問的な出会いがあった。1994年度には教養部から文学部の史学系に所属替えとなり、先生自身、東南アジア地域研究から離れられ、海域アジア史研究に傾注された。そして、2003年度からは歴史教育にも分野を広げられ、2005年には大阪大学歴史教育研究会を設立されるに至る。『わかる歴史・面白い歴史・役に立つ歴史』(大阪大学出版会、2009年)はその成果である。
そして2010年度からは阪大内でCSCD(コミュニケーションデザイン・センター)に派遣され、文学研究科・文学部は兼任教員のかたちとなった。ただ、2010年は、タンロン=ハノイ建都1000年の年にあたり、タンロン皇城遺跡の調査研究を委嘱されたため、ベトナム史から離れられない状況にある。そうしたなかで、2011年2月、本書が出版されたのである。
「あとがき」の最後では、東洋史に人気がないことを、憂いておられる。先生が本書の最後で投げかけられた問い、すなわち「グローバル・ヒストリー」(この意味で、リーバーマンのチャーター時代の共時性に関する議論[8頁注9、14頁注25、55頁、369頁注1、371頁注7]は参考になる)や「グランドセオリー」、「方法論」、「教育」を視野に含めた歴史学研究の発展の必要性については、傾聴に値する問いかけであり、後学の私たちが真摯に受けとめてゆきたい。
10世紀と15世紀の間の李陳朝時代における国家・社会の構造やその変化を、総体的に考察することが本書の課題であり、予定調和的な国民国家史観に流されず、地域世界の中で重層的に歴史をとらえることを提起した点で、刺激的な問題提起である(53頁~55頁、365頁)。
また、本書の方法上の特徴としては、
①従来の正史以外にも、金石文史料を広範に利用
②ベトナム本国はもちろん、中国、欧米の先行研究を広く参照
③ベトナム史の議論を、「東アジア」「東南アジア」といった「地域世界」に位置づけようとすること(54頁)を挙げられ、画期的である。
東南アジアや中国、朝鮮、日本といった東アジアを対象範囲とした壮大な構想とともに、膨大な文献渉猟は、圧倒的である。かつて発表された李陳朝時代の論文に、更に近年の中国史・朝鮮史・日本史の研究成果を吸収し、ベトナム史に投影・反映させようとする視座および比較史的考察(55頁)には、感銘を受ける。私は個人的には女性史・家族史に関心をもっているので、「家父長制」に関した議論(199頁注6)、そして『国朝刑律』の財産制度には、夫婦双方の父系親族集団が並立する状況を想定し、宗=同族集団の原理が存在したと推察されている点(317頁)、また陳朝の上皇制と日本の院政の比較(285頁)は、大変興味深く感じた。そして、「終章 結論と展望 第三節 本書の方法と次世代の研究」(386頁~388頁)は、貴重な指針と提言として、後学のわれわれが継承、発展させるべき課題で、大いに参考となる。
こうした特徴をもつ本書であるが、以下、目次を掲げ、内容要約した上で、若干の感想を付けておきたい。

目次
序章 対象と問題設定
 第一節 地域と時代 
   1 北部ベトナム地域
   2 出発点:10世紀の「独立」
   3 到達点:15世紀の「黄金時代」
 第二節 史料
   1 漢喃文献
     ⑴収集・所蔵機関と目録学・文献学 ⑵編年体史書 ⑶地誌
     ⑷詩文 ⑸神話伝説 ⑹仏教文献 ⑺その他の近世文献
   2 金石・考古史料
   3 外国史料
 第三節 研究史
   1 ベトナム
     ⑴近代的歴史学と出版
     ⑵李陳時代に関する研究史
      ①通史と李陳時代史 ②歴史地理・地方史と人物研究 ③経済と社会 
      ④国家と統治体制 ⑤戦争と外交 ⑥宗教・思想と国家=民族意識 
⑦文化・芸術
   2 フランス東洋学
   3 東アジア漢字圏とロシア(旧ソ連)の研究
   4 英語圏の学界と東南アジア地域研究
   5 日本の学界
 第四節 本書の問題設定と方法
第一部 経済構造と国際環境
第一部の課題
第一章 李陳時代の農業社会と土地制度に関する論点整理
 第一節 土地分類と田租
   1 公田と私田、官田と民田
   2 田租の復元
 第二節 土地の分布・規模と収取形態
   1 寄進と経営の規模
   2 国家直営田の分布と税役
 第三節 人口と人民編成
   1 開発と人口の変遷
   2 人民編成
 まとめ
第二章 金石文に見る14世紀の農村社会
 序言 
 第一節 陳朝金石文が伝える寄進情報―内容と記載法―
 第二節 寄進主体と規模
   1 王侯による大規模な寄進
   2 在地有力者層による中小規模の寄進
   3 女性による寄進
 第三節 金石文から読み取れるもの 
   1 国家による人民・土地の把握状況
   2 中小規模の寄進と寄進者の地位
   3 女性の寄進戦略?
 まとめ
第三章 10-15世紀の南海交易と大越=安南国家
 第一節 独立初期の国際交易
 第二節 初期大越=安南国家の交易支配 
 第三節 交易上の地位低下と内向化?
 第四節 黎朝前期の大越=安南が琉球のライバルだった可能性
   1 領土拡大と新しい輸出品
   2 対明朝貢貿易の評価
 まとめと展望
第四章 10-15世紀の対外関係と国家意識
 序言
 第一節 「北」との関係と「南国」の「歴史」「領域」
   1 広がる歴史と神話
   2 現実の国土の認識
 第二節 「南国」の「南」
   1 初期大越=安南国家の「南進」
   2 チャンパー攻撃の意味
 第三節 「西」-雲南からラオスへー
 第四節 「ベトナム型華夷秩序」の形成
第二部 中央政権と地方支配
第二部の課題
第五章 一家の事業としての李朝
 序言
 第一節 系譜の復元
 第二節 父系王朝の成立と異姓勢力
 第三節 皇帝の家族・親族の役割 
   1 男性皇族
   2 女性皇族
   3 皇帝の妻と母
まとめ
第六章 李朝の地方支配
 序言
 第一節 軍事行動と地方支配
   1 軍事行動の対象地域と政治統合の地域的枠組
   2 軍事行動の主体と機能 
 第二節 地方統治単位の呼称と機能
   1 路制に関する諸学説
   2 対立を止揚するための仮説
   3 上級単位と基礎単位
   4 統治拠点としての行宮
 第三節 地方統治者の称号と機能
   1 州の統治者
   2 府の統治者
 まとめ
第七章 一族の事業としての陳朝
 序言
第一節 帝位継承と婚姻 
  1 帝位継承
  2 婚姻
 第二節 宗室男性の役割
   1 上皇・皇帝・皇太子
    ⑴上皇制 ⑵聖慈宮 ⑶皇太子
   2 高位高官の独占
    ⑴宗室宰相制 ⑵宰相となった人々 ⑶制度上の特徴
   3 仏教と軍事行動
 第三節 宗室女性と皇帝の妻たちの役割
   1 皇太后と国母
    ⑴称号 ⑵活動
   2 皇帝の妻
   3 公主など宗室の女性たち
    ⑴称号 ⑵「私通」する公主たち
 第四節 父系同族集団の確立と異姓官僚の進出
   1 父系同族集団
   2 宗室の衰退と異姓官僚の進出
     ⑴宮廷内抗争と宗室の衰退 ⑵陳朝の異姓勢力
 ⑶官僚層の進出と行遣官 ⑷体制変革の動き
第八章 陳朝の地方支配
 序言
第一節 地方統治単位の検討
  1 路制の定着
    ⑴陳初の記録 ⑵『安南志略』
   2 陳朝後期の再編
     ⑴路の増設と鎮の設置 ⑵陳末の改革
   3 最高統治単位の位置づけ
     ⑴路と府州 ⑵路官の意味
   4 下級単位の継続と変化
     ⑴県と郷 ⑵社制
 第二節 地方支配と宗室
   1 皇帝・上皇の行幸
   2 宗室による地方支配
     ⑴「郷第」と田庄 ⑵路などの支配
   3 重点地域
     ⑴紅河・ダイ河下流域 ⑵紅河デルタ東縁 ⑶南方地域
   4 文人官僚の進出と宗室の後退
     ⑴文人官僚と地方官 ⑵異姓勢力の出身地
 まとめ
終章 結論と展望
 第一節 本書の内容から見た李朝と陳朝
 第二節 14世紀の社会変動と胡季犛改革
   1 陳朝後期の変動と胡季犛改革の評価
   2 時代区分の基準をどこに置くか
   3 14世紀の危機
   4 小農経済の成長と明のインパクト
 第三節 本書の方法と次世代の研究

最新の画像もっと見る

コメントを投稿