ベトナムが南北に分裂していた時、緩衝地帯として非武装地帯、つまりDMZ(DEMILITAEISED ZONE)を作った。
今回はその一体を回るツアーに参加していた。
最初の目的地としてベンハイ川沿いに掛かるヒエンルオン橋に到着した。
映画の舞台にもなったという話だが、その映画を見ていないので特別な感情はなかった。
ただこの橋の隣には国道が通っており、車が当たり前のように往来しているのを見ると、当時の自由に行き来できなかった状況からの時代の経過を感じる。
反対岸にはモニュメントのみで草原が広がっていた。
続いてヴィンモックトンネルを訪れる。
このトンネルはゲリラのために使われたクチトンネルと違い、人々がトンネルの中で生活していた様子が伺えた。
例えばトンネル内にも関わらず生活場所や集会場所、救護室など様々な役割を持つ部屋がある。
トンネル内は蟻の巣のように複雑に入り組んでいて、前の人を見失うと永久に出られそうにないくらい迷ってしまいそうだ。
幸いクチトンネルのように屈んで歩かなくて良いので歩く分には楽なのだが、真っ暗なので前の人と数m離れてしまうと見失いそうでとても恐い。
恐怖と苦痛の中数分歩き回る。
涼しい風が通り抜け出口に辿り着いた。
トンネルの外は無限に広がる海と空が青々としていた。
その光景はあまりに眩しく、目が痛い。
辛い状況に置かれただけに、この光景はとても印象深かった。
今回はその一体を回るツアーに参加していた。
最初の目的地としてベンハイ川沿いに掛かるヒエンルオン橋に到着した。
映画の舞台にもなったという話だが、その映画を見ていないので特別な感情はなかった。
ただこの橋の隣には国道が通っており、車が当たり前のように往来しているのを見ると、当時の自由に行き来できなかった状況からの時代の経過を感じる。
反対岸にはモニュメントのみで草原が広がっていた。
続いてヴィンモックトンネルを訪れる。
このトンネルはゲリラのために使われたクチトンネルと違い、人々がトンネルの中で生活していた様子が伺えた。
例えばトンネル内にも関わらず生活場所や集会場所、救護室など様々な役割を持つ部屋がある。
トンネル内は蟻の巣のように複雑に入り組んでいて、前の人を見失うと永久に出られそうにないくらい迷ってしまいそうだ。
幸いクチトンネルのように屈んで歩かなくて良いので歩く分には楽なのだが、真っ暗なので前の人と数m離れてしまうと見失いそうでとても恐い。
恐怖と苦痛の中数分歩き回る。
涼しい風が通り抜け出口に辿り着いた。
トンネルの外は無限に広がる海と空が青々としていた。
その光景はあまりに眩しく、目が痛い。
辛い状況に置かれただけに、この光景はとても印象深かった。