「京都・北山丸太」 北山杉の里だより

京都北山丸太生産協同組合のスタッフブログです

未だ学ばざるを学び、聞かざるを聞く。

2011年11月30日 | 北山杉の里 見どころ

もうすぐ11月も終わり。緑から黄色、紅へと錦織りなす紅葉と北山杉のコントラストが見事です。

強い雨風がなければ、まだまだ楽しめそう。そして今度は散った葉も紅い絨毯となって去りゆく秋の趣があることでしょう。

そんな秋の日、中川の「弘法さん」を訪れました。

 

11月21日の午後。路地を抜け、山手に向かって歩いて行くと山茶花がピンクの可愛らしい花をたくさんつけています。 

北山杉を背に満開の山茶花のもと、紅葉やたくさんの植物に囲まれてひっそりと佇む弘法大師。辺りを掃除し、清めている女性の姿が見えます。

 

21日と言えば空海の命日。東寺で毎月行われる「弘法さん」の市は北野天満宮の「天神さん」と並びよく知られていますね。ここ中川でも毎月21日におばあちゃん達が集まります。

 

弘法大師の横にある建物、境内も方丈もない...けれどこれがお寺です。えぇ~?!中川にもう一つお寺があるの? 

中に入ると「西福寺」と書かれた表札?が土間に置いてありました。

西福寺(さいふくじ)…弘法さんがいらっしゃるから恐らくは真言宗のお寺でしょう。

 

お座敷に上がると、5人の女性達たちがお座布団を用意したりお湯を沸かしたり…そうこうしている内にアタフタとやって来られたのは宗蓮寺のご住職!あれれ~? どういうコト...?

 

かつては山中にあったであろう西福寺。誰かがご本尊さまをお連れして弘法さんと一緒にお祀りしたのでしょうけれど、現在は無人。定期的に中川のおばあちゃん達がお掃除したり弘法さんのお身拭いをしたりしているのだそうです。

そして毎月21日にはみんなで集まり、お燈明に灯が入り、蝋燭や線香に火をつけて宗蓮寺のご住職がお経を唱えてくださるのです。 それは般若心経。

 

おばあちゃんの一人がお経本を貸してくれました。「はんにゃ~は~ら~み~た~…」

 

真言密教の開祖、空海。室戸岬の御厨人窟(みくろど)で修行している間、海岸線が今より上にあり洞窟の中で目にしていたものは空と海だけだったため、空海と名乗ったという説があります。

時は平安時代の初め。密教を学ぶため唐へ20年の留学予定が2年で戻った空海は、「早すぎるじゃないか!」と帰国の許可が出るまで大宰府にて待機を課せられました。

嵯峨天皇の即位と共にようやく入洛した場所が槇尾山寺(まきのおさんじ)。ここで出家したとも言われています。

その後、高雄山寺(現在の神護寺)に入ったように空海はこの地域と深い縁があるので、中川に弘法さんゆかりのお寺があっても不思議ではありません。

 

今の時代になって新しく建てられたであろうこのお寺には弘法さんとかつてのご本尊が並べて祀られています。

お寺を守る者がいない今もその存在を大切にし、誰が誰を誘うというのでもなく、義務づけるのでもなく、代々おばあちゃんになるとここを訪れて引き継がれてきたこと。

けれども今では5人と寂しくなってしまいました。

宗派を超えてお経を唱えて下さる宗蓮寺のご住職はそんな信心深いおばあちゃん達の心の拠りどころであり支えのように見えました。

 

空海は決して20年の留学をサボって早く帰ったのではなく、わずか2年で習得したのかと思えるほど、唐より持ち帰った経典や文献、密教法具などは膨大な数にのぼります。

そして「請来目録」に記された「未だ学ばざるを学び、聞かざるを聞く」

この言葉に新しい世界に身を置き大きく見聞を広げ、吸収しようとした姿が伺えます。密教の導入だけでなく、最新の文化体系を日本の世に広げようとしたのです。

 

弘法さんとご本尊のちょうど真ん中には掛け軸の箱が据えられています。きっとお寺に由来する大切なものなのでしょう。

お経が終わるとそれぞれ頭の上にハンカチを広げ、ご住職がこれでそっと肩に触れてくれます。

なんか儀式みたいですけど、「これは無病息災を祈願していただいてるのかも」とか「弘法さんみたいに賢くなりますように」とかを思いながら、私たちも有難くしていただきました。

 

そしてお忙しいご住職はまたしてもアタフタと帰って行かれましたが、この後みんなでお茶を飲みながら誰それさんとこの誰々がどうしたとか、井戸端会議なお楽しみの時間を少々。

鍵をかけて帰った後…人気のない西福寺では弘法さんとご本尊が「今日もおばあちゃんらは元気で何よりや」なんて会話をしてるかも知れません。

 

空海は病を得た後も命をかけて真言密教の礎えを築くべく、力を尽くし全てのことをやり終えて835年、62歳で入滅しました。そして921年に醍醐天皇から弘法大師の諡号を授かりました。

しかし真言宗では、空海は即身仏となり高野山奥の院の霊廟で現在も禅定を続けているとされています。

毎年命日の3月21日に衣服を新しくする際、泥がついており今も諸国行脚の旅を続けているとも。

 

真言密教の普及だけでなく、庶民にも教育の門戸を開いた学校・綜芸種智院の開設や農業用ため池の改修、温泉の発見など多方面にわたり活動し、自然界の動植物にも精通していた空海。

菩提の砂の秘密を教えてくれたあの旅の僧は、もしや即身仏の弘法大師だったのかも知れません。

 

「未だ学ばざるを学び、聞かざるを聞く」。

この教えは言わば生涯学習。どんな世界にいても自分の知らないことに耳を傾け、吸収する気持ちを失わずに生きていきたい。

毎月、西福寺での「弘法さん」で宗蓮寺のおっさんと般若心経を唱えてみたり、おばあちゃん達に佃煮の炊き方を教えてもらうのだって立派な「学び」だと思うのです。

だからこそ、ずっと繋げて行って欲しい。

21日にはあの坂道をのぼって弘法さんに会いに来ませんか?

 

余談ですが...ことわざで「弘法も筆の誤り」 偉い人でも失敗する、誰にでも間違いはありますよ、って感じで言いますよね...でも本来は違うみたいです。

書家・文人としても知られる空海さん。

 -空海は天皇からの勅命を得、大内裏応天門の額を書くことになったが、「応」の一番上の点を書き忘れてしまった。空海は掲げられた額を降ろさずに筆を投げつけて書き直したといわれている。-

ぺっと投げつけた筆が見事「応」の一番上の点になったとは~「書き直し方さえも常人とは違う」というほめ言葉の意味も含まれているそうです。

さすが空海さん、お見それしました~(笑)

 

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1 コメント

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弘法大師  (もののはじめのiina)
2021-04-20 10:14:27
> 弘法さんがいらっしゃる西福寺(さいふくじ)…

京都に、東福寺がありました。
最盛期は天台・真言・禅の各宗兼学の堂塔を完備していたそうです。
https://blog.goo.ne.jp/iinna/e/187bed1e6f3137e517774bdf8f218ada

禅宗寺院としての寺観を整え、禅宗庭園がすごとでした。

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