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生き急いだ人 太宰治生誕100年(再録)

2024年01月20日 | 作家論・文学論
「弘前の人には、そのやうな、ほんものの馬鹿意地があつて、負けても負けても強者にお辞儀をする事を知らず、自矜の孤高を固守して世のもの笑ひになるといふ傾向があるやうだ」(『津軽』)

『津軽』は、太宰が自分のルーツを訪ねて歩いた津軽風土記。親友の亀井勝一郎、師の佐藤春夫は、『津軽』を太宰の最高傑作にあげた。

なぜか人気のライトノベル『マリア様がみてる』(通称・マリみて)シリーズに、この作品に対する言及がある。

「紀行文てあまり好きじゃないわ。最後の方は、少し盛り上がるけれど」
(今野緒雪『子羊たちの休暇』)

小笠原祥子さま(さま付けがデフォルト)の『津軽』評。私立リリアン女学園高等部3年の夏休みの課題図書のようだが、祥子さまは中等部1年の夏休みに、太宰全集を読破したらしい。小笠原財閥の別荘に、漱石全集はともかく、なぜか太宰全集まである。

『津軽』は、津軽人の熱狂的な歓待ぶり、弘前城や岩木山のエピソード、北方の海の覇王・安東氏の物語など、興味深い話題が尽きないのだけれど、あくまでも「紀行文」であり、小説としての完成度には欠けるところもある。ただ、乳母のたけとの再会シーンは、太宰の全作品中、最も美しく感動的な場面になった。


小説『津軽』の像。青森県北津軽郡中泊町。

世界の中心で叫ばなくても、ただそこにその人がいることの幸せは、祥子さまが誰よりもご存じだろう。この作品で祥子・祐巳姉妹が過ごす最後の休日も、「少し盛り上がる」。

今年は太宰治生誕100周年だそうだ。『斜陽』『ヴィヨンの妻』『パンドラの函』などの代表作も映画化される。集英社文庫版の『人間失格』は、『デスノート』の小畑健氏の表紙イラストを変えたところ、大ヒットしたという。これはマーケティングの勝利だけれど、今度は『マリみて』のイラスト担当・ひびき玲音さんで、『女生徒』を読んでみたい。『若草』『少女の友』など、少女雑誌に発表された太宰作品には、祥子さま風には「少し盛り上がる」佳品が少なくない。『マリみて』のコバルト文庫も集英社なのだから、ぜひがんばってほしい。

アニメ『子羊たちの休暇』。右が福沢祐巳、左が小笠原祥子。

著作権の保護期間の終了した太宰作品は、パブリック・ドメイン(公共財産)として「青空文庫」で公開されている。もし私が太宰から1作選ぶとしたら、絶筆の『グッド・バイ』。ヒロインの闇屋・キヌ子は、見た目はシンデレラ姫と見まがう超お嬢さま。ただし話をしなければ。実は大食いで怪力で強欲、声は美人台無しの鴉声。完結していたら、新しい時代のヒロイン像が誕生していたにちがいない。

グッド・バイというには早すぎた。太宰の文学は、壮大な可能性だけで終わったような気もする。しかし永遠に未完だからこそ、太宰の文学は、今も人々の心を魅了してやまないのだろう。
(2009年1月)





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