八日目 一時
ハインド・ハット-Mt.アシニボイン(北稜・往復)
Mt.Assiniboine 3,618m (North Ridge/Alpine Ⅱ・5.5)
夜中は少し風が強かった。
一度、トイレに起きて外に出ると満天の星。よしっ!これなら行けるぞ。天が味方してくれている。
朝3時起床。
ビクトリア同様、ここも暗いと取付きへのルートがよくわからないので、あらかじめヤムナスカ・チームの女性リーダー・ガイドにことわっておく。
「If you don't mind, may I forrow you? Of corse no help.」「OK. No problem.」
女性リーダーはジェーン・オルセンという名で、こちらではクライミング雑誌の表紙を飾ったこともあり、あの田部井淳子さんがアシニボインに来た時もガイドしたとか。
もちろんカナディアン・ロッキーだけでなく、ヨーロッパ・アルプスやパタゴニアのセロ・トーレにも登っているらしい。
3:45AM ヘッデンを点けてスタート。
ハットからはまず正面の雪渓に下り、モレーンの山を右から大きく巻いて北稜の取付へ向かう。しかし、暗いとやはりガイドでもわかりにくいようで、二回ほど迷いながら取付へ。
北稜は途中レッド・バンド、グレー・バンドと呼ばれる二つの岩の断層を越え、さらにもう一つちょっとイヤらしい岩場があり、頂稜へと続いている。
レッド・バンドまでは例のごとくロッキー特有のアンサウンドな急斜面で、すぐ落石が起き気が抜けないが、今日までいくつか登ってきてそれにもだいぶ慣れた。
東の空が白み始めた頃、ヤムナスカ・チームが小休止を取り、リーダー・ガイドのジェーンに「You go ahead?」と言われたので「Thank you.」と礼を言って先に行かせてもらう。
やがて、レッド・バンドに到着。名前のとおりここだけ岩が赤っぽく、少々険しい高さのあるバンドとなっている。
ここまで先行させてもらったが、こちらはせっかく来たのでできるだけ多くの写真を撮っていきたい。
立ち止まる回数も多く、すぐに下から追いつかれてしまうので、その後はヤムナスカ・チームの後ろに付く。
彼らにしても何もわかってない単独の日本人がルートをはずしたりでもしたら気が気じゃないだろうから、お互いにその方が安心だろう。
レッド・バンドはトポ(「Selected ALPINE CLIMBS in the Canadian Rockies」)にあるとおり、ちょっと右にトラバースしてから登り易い凹角から抜ける。
Red Band
この先、岩は割としっかりしてくるが、その分傾斜は立ってくる。
けっして難しくはないが、こちらはフリー・ソロなので一手一歩に手を抜かず、慎重に決めながら登っていく。
一歩踏み外せば簡単にあの世まで転がっていける傾斜である。
登るにつれ、北稜は次第に顕著なリッジとなり、両脇の北壁と東壁が迫ってくる。
特に左側の東壁はほぼ垂直で何とも荒々しい。
グレイ・バンドはもうバンドというよりむき出しのリッジそのもので、もし自分一人で回りに誰もいなかったら、こんな所フリー・ソロで突っ込んで大丈夫か?と、ビビリを感じるような所。
でも、これまでのネットの記録やトポを見ると、せいぜいアルパインのⅣ級程度。自分にも行けるはずだ。
ヤムナスカ・チームは三人+二人の2組に別れ、ロープはほとんど短く繋いだままコンテで進んでいるが、レッド・バンドやグレー・バンドではロープを伸ばしてスタカットで行く。
Gray Band
天気は今のところ快晴。それでも高度が上がるにつれ、風が冷たくなってくる。
自分の今日の行動着はpatagoniaのキャプリーン2にウィンド・ブレーカーのフーディニ、それにゴアの雨具だけ。
既に全部着込んでいるが、これ以上寒くなると身体の動きが鈍くなりそうで、ちょっと不安である。
途中で雪が降った、レフロイやビクトリアの時よりも気温は低い。
今のところ北稜のリッジ自体に雪は無いが、上部に行くにつれ岩の表面が少し凍って滑り易い所がある。
ただ、アイゼンを履くほどではなく、ビブラム・ソールで慎重に足を決めて登っていく。
グレイ・バンドを過ぎ、小さな凹角、さらに最後のポイントと言われている小岩場に着く。
ヤムナスカのリーダー、ジェーンがトップで取付く。
乗り越す時に一瞬ヒザを使ったように見えたので結構難しいのかと思ったが、もう一人の女性ガイド、メリーがステミングを使ってうまく抜けたので、その動きを参考にこちらもクリア。
最後のちょっと難しい岩場
高度計を見てもそろそろ頂上は近いが、残念ながら少しガスってきた。
ラストは傾斜の落ちた頂稜を辿る。左は東壁。
リッジを登り詰めると最後は傾斜の落ちた雪のある頂稜が延びていて、雪庇に被われた頂上の手前に大きなケルンがあった。
ヤムナスカ・チームと少し間隔を置いて、到着。
I did it ! Top of Mt.Assiniboine
ガスに包まれ、あまり展望は利かないが、ここまでの間で周りの迫力ある景観は十分見れたので満足だ。
ヤムナスカ・チームの記念写真では、私の持ってきたカナダの小さな国旗を小道具として貸してあげた。
今回、日本の旗も持ってきたが、ヒマラヤの未踏峰でもないし、さすがに日の丸は大げさで小恥ずかしい。
私の写真はジェーンが撮ってくれた。Thank you, Jane !
20~30分ほどもいただろうか。頂上まで登れた感激よりも、これからあの長い急な下りをこなさなくてはならないと思うと不安の方が大きい。
下山開始。
ヤムナスカ・チームが先に行くよう勧めてくれるが、ガスっているとルートが判然とせず、慎重に下っているとすぐに追いつかれてしまうので、やはり最後尾に付く。
頂稜から少し下ったところで後続の大男二人組とすれ違う。
「Hi ! About last one hundred meter.」 「OK, Thanks.」と挨拶を交わす。
さらに下ると、もう一人のガイドと中年女性客のパーティー。
しかし、この中年女性は昨日のハインド・ハットへの登りでもそうだったが、かなりのスロー・ペースで他人事ながらガイド氏が気の毒になってしまうほど。
今日もてっきり時間切れとなって途中で降りたのかと思ったのだが、それでも諦めずに登ってくるところは感心してしまう。
ラッペルやクライムダウンを繰り返しながらひたすら下降を続けていくが、ちょっと気を抜くと大落石となるので、とても神経を使う。
全部懸垂すると11回と聞いていたが、自分は4回ぐらいで後はクライムダウンでこなした。
ラッペルはてっとり早くて楽だが、ロープを引くと落石を起こし、また回収も厳しくなる時があるので、他パーティーがいる時はなるべくクライムダウンがいいだろう。
長く、緊張が続く下降
長く、気の抜けない下りを続け、14時半頃ようやくハットに到着。
体力よりも神経の方が疲れた。
ここまで下りてくると再び晴れ。
コーヒーを沸かし、今下りてきたアシニボインを見上げながら、しばし寛ぐ。
登ったのか、本当に。緊張が途切れず、何だかいまいち現実感が無いが、登ったのは確かだ。
後続の大男二人組、そしてだいぶ遅れながらも中年女性の組も頂上を踏んで無事帰ってきた。Good job!と声を掛ける。
大男二人組とはここで初めてゆっくり話をする。
背が高いハンサムな男がErik、もう片方のガッチリしたマッチョがJim。コロラド・デンバーから来たというナイス・ガイだ。
昨日の夕方、私は持ってきた缶ビールを自分一人で飲むのにちょっと気が引けて皆に一口ずつ回してあげたのだが、二人にはどうもそれが好印象だったようで、それから下山するまでに随分仲良くなった。
左がErik、右がJim。二人とも最高にイイ男。
No Beer,No Life !
この日のうちに下まで降りることもできたが、もうここまで来たら急ぐことはない。
予約も取っていたので、そのまま今夜もハインド・ハット泊とする。
その後は皆で飽きることなく、いつまでも夕暮れのアシニボインを見上げていた。
動画 ハインド・ハットからの景観
写真集 Mt.アシニボイン登頂
To be continued.