尾張国丹羽郡稲木庄前野村前野氏系図
永正二年 1505年
永正六年 1509年改め
寛永十一年1634年吉田孫四郎改め
尾張国丹羽郡稲木庄主
元祖 本姓良峯氏、寄木郷立木田本家
高成:高成は立木田太夫高成と称号。
尾張国丹羽郡稲木庄主となる祖宗開発伝来の治田なり。
尾張二の宮の大宮司家となる。
高成の室は坂東平氏上総権介平広常の女なり、故に後高成の女伊勢の平氏の平忠盛公の側室なり。
高春:高成長子 原氏祖
原太夫高春と称号。
尾張二の宮の大宮司と成る。
尾州春日井郡郡司と成る。その地に移り原氏の祖なり。
高義:高成次男 立木氏祖
立木田高成の次男なり、高成の跡を襲い立木田を称号尾張国丹羽郡郡家なり、稲木庄寄木村に住す立木の元祖なり。
高義ー高重・高光・高真
高光の子孫は高将・兼高ー住高ー遠高ー員高ー成高ー正高(立木氏祖)・吉高
高長:高成三男 前野氏元祖 高長尾張国丹羽郡稲木庄前野邑に住す小弓庄主なり。
佐兵衛尉と成る、高長定紋 揚葉蝶菊桐と相定む、高長は立木田太夫高成公三男なり、尾張国丹羽郡小弓庄を開発荘主と成る、尾張国丹羽郡前野邑の開発草分けの元祖、高長公は前野佐兵衛尉高長を称号する始めの人なり。
高弘:高成四男 下野氏 高弘尾張国丹羽郡稲木庄下野邑に住す。
尾州丹羽郡下野氏の祖なり、高弘下野邑上野郷を開発治田と為す、下野氏上野氏定紋、揚葉蝶桐紋と相定む、高弘公は元祖なり。
女子:高成子
女子一人あり、この女子伊勢国平氏の棟梁平忠盛公側室と成る、その子薩摩守忠度卿なり。
===*===
上野氏 高弘子三人あり
高守・高光・高助
下野弥六郎高助は尾州稲木庄下野邑を開発、下野氏の元祖なり京師北門を警固。