特盛そば(富士そば)
蕎麦やうどんの話
前回の記事では絡まってしまう物をいくつかピックアップして紹介しましたが、今日は蕎麦やうどんなどの麺類の話をさせていただきます。
製麺しているときや、コンビニの店頭に置かれているとき、どんぶりや皿に盛られた状態で、蕎麦やうどんは水分を含んで重いから動きません。(麺がひとりでに動き出したら気持ち悪いです。)ですから絡まるかどうかは茹でているときだけのことを考えることにします。
麺類を茹でると鍋の中で麺は動き回ります。鍋の中のお湯が運動するので、その動きに引きずられて麺が動くからだというのは子供でも分かることでしょう。
けれども鍋の中の麺は絡まりません。それはなぜでしょうか?みなさんは疑問に思ったことがありますでしょうか?
その理由はズバリ「隣り合うお湯の流れどうしは平行で、その流線が交わることはない」からです。
流線とは鍋の中のお湯のように流体力学の法則に従う流れを表現するもので、お湯の各点での流れをあらわすベクトルをつなげた曲線のことです。
この図では赤い矢印が流れをあらわすベクトル、青い曲線が流線です。
麺を茹でているとき、鍋の中のお湯は流体力学の法則にしたがって運動しています。麺はお湯の流れに沿う形で「たなびき」ます。風にたなびく鯉のぼりを思い浮かべればわかりやすいでしょう。
もし流線が交われば、流れに沿って伸びる麺も交わり、きっと麺はループを作って絡まりだすことでしょう。
では、なぜ流線は交わらないのでしょうか?絶対に交わることはないのでしょうか?
理由は簡単です。もし流線が交わったとすると、1点で2方向の流れが同時に存在することになってしまうからです。
この図の場合、赤い点の場所では西風と南風が同時に吹いていることになってしまいます。これは物理的にあり得ませんね。
ですから、麺は鍋の中で交差することがないのです。
加熱の状態によって違ってきますが、お湯の温度が低いうちは麺を動かすほど強くは流れていません。けれども沸騰点に近づくにつれてお湯は対流を始めます。
加熱のしかたによって対流の様子も違ってきます。
低気圧や台風では、大気が対流します。このように広い地域で対流がおきる場合には地球の自転によるコリオリの力が効くため、大気はこのように渦を巻いて流れます。
けれども、鍋の中のお湯の対流は台風よりもずっと小さい領域で、そして流れの速度が大きいためコリオリの力による渦はおきません。(ごくわずかにおきているのですが、目に見えるほどではありません。)
麺はお湯の流れの方向に伸びますから、それは曲がってループになりにくいということになります。
実際に麺を茹でている様子を観察してみましょう。
地元の「富士そば」で店員さんが茹でている様子を見ようとしたのですが、この店では蕎麦をこのような道具に入れて茹でているので、目的は果たせませんでした。
この道具は「てぼ」という名前だそうです。みなさんはご存知でしたか?恥ずかしながら僕は知りませんでした。(Amazonで「てぼ」を検索する。)
仕方がないのでYouTubeで動画を探したところ、よく目にする2つの状況がわかる動画が見つかりました。
これは対流しているお湯で麺を茹でているときの動画です。麺がきれいに揃っていますね。
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次はフライパンを使うことでお湯が対流しないような状況をつくり、箸で茹でている麺をかき混ぜているときの様子です。フライパンはともかく、こちらのほうがよく見られる状況ですね。
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箸は麺の絡まりをほぐすように動かすことになるので、よほどの箸さばきで麺を絡ませないかぎり麺を絡まっている状態にすることはできません。仮にうまく絡ませることができたとしても、わずかなお湯の流れによってすぐほどけてしまうことが容易に想像できるでしょう。
どちらの場合でも麺は絡まりません。
鍋の中のお湯の流れは滑らかで、流体力学では滑らかな流れのことを「層流」と呼んでいます。
円柱や球に層流を当て、特定の条件がそろうと「カルマン渦」という不思議な流れが起きることが知られています。
カルマン渦がある鍋の中で麺を茹でると絡まるでしょうか?
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カルマン渦であってもその流線は交わりません。ですから万が一、鍋の中にカルマン渦ができたとしても麺は絡まることはありません。全体的に広い領域に強い層流があるので、麺はその方向に伸びることになり、カルマン渦のところで麺は横方向から引かれ、全体的にゆらゆらと揺れることになります。
カルマン渦は大気中に観測されることもあります。
木星の大気中にも見つかりました。
カルマン渦ができるような状況で、流れを強くしていくとある時点からカルマン渦は消えてこのような「乱流」が発生します。
ところで流体力学の教科書には「乱流では流線は交わる」と書かれています。流線は交わることが本当にあるのでしょうか?
乱流の場合は1点を共有する形で流線が交わるのではなく、1点を共有しない形で交差するだけなのです。ひもとひもが交差するようなものですね。(1点を共有して流線が交わるのはさきほど説明させていただいたとおり不可能です。)
もしこのような「乱流」がおきている状態のお湯で麺を茹でるとどうなるでしょうか?
やはり麺は絡まりません。
乱流をおこすためには広い範囲に強い流れがあり、麺がその方向に伸びるからです。また乱流が交差している箇所は長続きせず、次々と場所を変えてしまいます。その結果、麺は伸びた状態で小刻みに振動します。
あと、もうひとつ可能性として挙げられるのは鍋の中に「よどみ点」ができる場合です。よどみ点とは次のように流速がゼロになる点のことです。
この図ではSがよどみ点です。流体は左から右へ流れています。
よどみ点がある鍋の中で麺を茹でたとしても、よどみ点のまわりには層流がありますから、麺はその方向に伸びるので絡まることはありません。
鍋の中に流れるお湯の流れは通常は滑らかなので、対流や層流以外のケースを考える必要はないのですが、念のためにカルマン渦、乱流、よどみ点が発生するケースについても解説してみました。
このようにして、鍋で茹でている麺は絡まることがないのです。水や空気の「流れ」は絡まりをほどく作用があるからです。
次回の記事は「DNAの複製について」というタイトルでお話させていただきます。
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