とね日記

理数系ネタ、パソコン、フランス語の話が中心。
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微分幾何学:保江邦夫

2010年05月07日 17時43分13秒 | 物理学、数学
微分幾何学:保江邦夫

ゴールデンウィーク以降、保江先生の「数理物理学方法序説」というシリーズを毎日1冊ずつ読んでいるが、今回で6冊目の紹介だ。

日本評論社のホームページには「曲った空間を数学的に取り扱うためのいくつかの概念(測地線、接続、共変微分、曲率など)を導入することから出発し、それをもとにして、一般相対性理論の基礎方程式とその簡単な解まで一気に論ずることを目指す。」と紹介してある。

まさにその通りであるが、本書は数式付きで解説される他の中級者向けの一般相対性理論入門とは異なり、多様体についての説明を導入部分に置き、現代微分幾何学との関わりを強く意識している点にある。前半部は微分幾何学およびリーマン多様体入門としてとてもお勧めできる内容だ。多様体の各点での接空間がユークリッド空間になるものを特に「リーマン多様体」と呼んでいる。

一般相対性理論で扱われるのはリーマン多様体そのものではなく「擬リーマン多様体」なのだが、リーマン多様体で成り立つ定理のいくつかはそのまま使うことができる。微分幾何学を学ぶ醍醐味を最も味わうことができるテーマを目指して本書は展開されている。

一般相対性理論は僕もひととおり学んで理解してきたつもりだ。これは以前書いた記事でお読みいただける。

一般相対性理論に挑戦しよう!
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/ea7ad9292ce01ad4abbbc8c98f3303d0

時空の幾何学:特殊および一般相対論の数学的基礎
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/ffc643a688ce45dec7460d107fe1392e

アインシュタイン選集(2):ナビゲーションのページ
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/bab590be24bf7abd95401a62db53b8eb

上の記事で紹介している書籍同様、本書でも一般相対性理論の理解に不可欠な事柄が(著者の言葉を借りれば)古式豊かな偏微分記号「∂」を多用する数式記法で展開されている。数学的な説明が必要な箇所では、当時の物理学っぽい数式記法から離れ、現代微分幾何学の概念に立ち戻って説明してくれているので、常に数学的な一般性を意識しながら読み進めることができる。

僕にとって目新しかった事柄はいくつもあったが、特に際立っていたのは次の2つだ。

1)4次元の擬リーマン時空多様体は一般相対論では「曲がっている」わけだが、一般的なリーマン多様体ではこの「曲率」だけでなく「ねじれ」も定量化されること。そしてこの「ねじれ」が現代において最先端の多次元空間の非可換幾何学に結びついていること。保江先生ご自身は近年提唱されている「コンヌ博士の非可換幾何学」や「超ひも理論」などについて「人為的過ぎる」と懐疑的なお考えを持っていらっしゃるようだが。

2)重力場の微分方程式を導くために変分法を使って説明している箇所。ここでは全宇宙のエネルギー積分をあらわす汎関数に対して最小作用原理を使う。こんなに大きなスケールで解析力学が使われるのも新鮮に思えた。また作用積分に含まれている質点の質量は時空の4次元空間の計量から導かれる無限小の質点測度として与えること、この無限小の量の積分がディラックのデルタ関数として計算されていることだ。幾何学的な計量が質量という実在的な量に結びついているのも不思議だし、こんなところでも数学の測度論が使われることに驚いた。基礎数学は大切だ。

あと忘れてならないのが第3章と第18章で紹介されている大数学者リーマンが1854年にゲッティンゲン大学で行った講演の内容だ。

この講演の中でリーマンは、次の2つのことを言及していたのだ。

1)リーマン幾何学と全く異なる有り様が測り知れぬほど小さい空間に成り立っているかもしれない。そのような無限小の空間で成り立つ物理量の関係がこれまでの経験則に一致していないとしたら、それを説明する新しい幾何学の仮定に従うべきである。

2)空間の基礎をなす実在的なものが離散多様体を造るか、または物理量の量的関係の基礎を空間以外に、物体間に働く結合力に求めなければならない。

というものだ。前者は80年後に量子力学として発見され、後者は100年後に素粒子物理学として開花したのはその後の物理学史が示しているとおりだ。

この講演が行われたのはアインシュタインが活躍する50年以上も前のこと。またマックスウェルが電磁気学の基礎方程式を発表する10年前でもある。講演が行われたときリーマン幾何学は数学の世界だけの理論であったはずだ。量子力学と素粒子物理学の到来を予感した天才数学者のインスピレーションには人間の知力を超えたひらめきの萌芽があったに違いない。

このように本書は140ページ足らずの分量で、微分幾何学と一般相対性理論を理解させ、リーマンの偉大さと現代物理学と幾何学の有り様を伝えている。一般相対性理論を既に理解している人に対してさえも興奮と感動を与えてくれる本なのでぜひお読みいただきたい。

本書全体について僕の理解度は90%くらい。同シリーズの他の本とくらべると本書の自己完結度は高い。(他の本への参照箇所は少ない。)


微分幾何学についてネットで学びたい方は、東大の坪井先生による授業を動画でご覧になるのがよいと思う。

2003年度 幾何学I(講義の動画)
http://www.ms.u-tokyo.ac.jp/video/lecture/2003tsuboi/index.html

この講義のテキストは坪井先生の「幾何学〈1〉多様体入門」を購入するか、次のページのいちばん下の「講義ノート」をご覧になるとよい。
http://kyokan.ms.u-tokyo.ac.jp/~tsuboi/kikagaku1table2003.html


一般相対性理論をネットで学ぶのだったら、「EMANの相対性理論」がいちばんだ。

EMANの相対性理論
http://eman-physics.net/relativity/contents.html


さて、次はこの本を読むことにしよう。

変分学:保江邦夫



今日紹介したのはこちらの本。

微分幾何学:保江邦夫


目次

1章 ユークリッド幾何学
2章 擬似幾何学
3章 リーマンのゲッティンゲン講演・前編
4章 埋め込まれた超曲面の幾何学
5章 超曲面上の測地線
6章 可微分多様体らリーマン多様体へ
7章 ファイバー束における接続の幾何学
8章 テンソル
9章 共変微分
10章 曲率とねじれ率
11章 時間空間の幾何学
12章 自由落下と等価原理
13章 時空の曲率と重力
14章 アインシュタインの重力方程式
15章 シュワルツシルド解
16章 宇宙論への応用
17章 ゲージ理論
18章 リーマンのゲッティンゲン講演・後編


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4 コメント

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Re: 間違いの指摘じゃないです (とね)
2010-05-08 22:53:03
kazuakiさんへ

さらにご説明いただき、ありがとうございます。
なるほどそのようなわけだったのですか。擬Riemann多様体の大域解析というのはそれほど難しい問題なのですね。

広い見識をお持ちの方からコメントいただけるととても助かります。これからももし気になる箇所がでてきましたら、またコメントいただけるとうれしいです。
返信する
間違いの指摘じゃないです (kazuaki)
2010-05-08 21:27:31
とねさん。コメント有難うございます。

いや~、そんなつもりで書いたんじゃないです。そんな大それた話じゃないです。数学者の書いた微分幾何学の本ってその辺の話は普通強調しないですよね。だから数学好きの人が一般相対論を目指して微分幾何学の本を手に取ると正定値の計量の話しか出てこないし、物理学の
教科書を手に取っても理解できないし。。。私はそういう状況でした。擬Riemann多様体の大域解析に数学者が本格的に目を向け始めたのは1990年代後半からだと思うのです。そのような状況で様々な文献にその辺の事情が強調され始めたのはごく最近でしょう。上の文章はその受け売りに過ぎません。

それにしても一般相対論の方程式の解析は難しいです。この方程式の性質、特に特異点の状況がPerelmanのRicciflowの特異点解析並みに解明され、Einstein方程式の大域解の形状が明らかになる日が来るといいですね。
返信する
Re: 数学好きのおせっかいですが。。 (とね)
2010-05-08 10:52:13
kazuakiさんへ

お久しぶりです。間違い箇所の指摘をいただきありがとうございました。
実はこの部分を書いたときに僕も「本当にそこまで書いていいのだろうか。」と気になっていました。「リーマン多様体」と「擬リーマン多様体」の違いがリーマン計量の正定値と不正定値の違いだという説明も本文に書きたかったのですが大方の読者にはそこまで必要ないだろうなと思い省略していました。

該当箇所は「リーマン多様体で成り立つ定理のいくつかはそのまま使うことができる。」に修正しておきました。これでも自分ではしっくりいっていない気がしますが。。。
返信する
数学好きのおせっかいですが。。。 (kazuaki)
2010-05-07 21:44:22
こんばんわ。connesのお話の時に現れたkazuakiです。楽しく記事を拝見させてもらってます。

数学愛好家から一言付け加えさせてください。すこし気になったので。

私の中では、同じRiemann計量を持つ多様体と言っても、計量が正定値と不正定値(擬Riemann)の場合とでは、かなり多様体の幾何の在り様が異なるというイメージがあります。正定置の計量ならば、任意のパラコンパクトなC∞多様体で計量を入れることが出来ますが、不正定値計量の場合はそうはいきません。例えば、2次元球面上にローレンツ計量は入りません。また、Einstein方程式Ric(gij)=0でも、計量が正定値ならば楕円型の偏微分方程式系になりますが、不正定値ならば双曲型になって解の振る舞いが全く異なってきます。だから通常の微分幾何学で扱われる正定値計量を扱う理論だけでは不足なので、一般相対論の解析はかなり難しくなるというが私の理解なのですが。(「リーマン多様体で成り立つ定理のほとんどをそのまま」というところに反応してしまいました。うるさくてごめんなさい。。。)
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