とね日記

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時空の幾何学:特殊および一般相対論の数学的基礎

2007年12月23日 22時16分06秒 | 物理学、数学

掲載画像: 時空の幾何学


少年の頃の夢をひとつかなえることができた。相対性理論を数式で理解したいという夢だ。


この「時空の幾何学:特殊および一般相対論の数学的基礎」(2021年6月8日に復刊)は、おそらく邦訳されている本の中で、相対性理論を数式で理解したいと思う読者にとってはいちばん入りやすいのものではないかと思う。数学科の学生のために書かれた特殊および一般相対性理論の入門書である。


相対性理論について書かれた本は数式を使わない啓蒙書やマンガのスタイルをとった超入門書から、ある程度のレベルの数式を使って解説した中級者向けの本、そして物理学専攻の学生を対象にした教科書まで千差万別だ。


この本はそのような中ではかなりユニークだ。必要とされる前提知識は大学教養課程までの数学の知識だけであるといってもよい。つまり、高校数学と物理の知識、大学の線形代数、微積分、微分方程式、偏微分および偏微分方程式だけ知っていれば足りる。微分幾何学は必要な箇所だけていねいに本書の中で解説されているので知らなくても大丈夫だ。その他のことはこの本の中で完結しているので心配することはない。


物理学を学んだことがあるとないとにかかわらず、アインシュタインは誰でも知っている20世紀の偉大な物理学者だ。これまでの自然観を大きくくつがえす時空の歪みの考え方は、物理学を勉強していなくても容易に想像できるものだからである。しかし、彼の発表した一般相対性理論の本質は数学的に高度だったため、当時世界で彼の理論を本当に理解していた物理学者は彼自身を含めて5人くらいだったそうなのだ。


物理学を勉強した者は誰でもいつか自分もこの偉大な理論を数式で理解できるようになれればと夢見るものである。(自分には無理だと最初からあきらめてしまう人がほとんどだが。)


もちろん相対性理論は現在では最先端ではない。今では超ひも理論やループ量子重力理論、余剰次元理論など相対性理論をはるかに超えた最先端の理論が取りざたされている昨今だ。同じく彼が提示した「光量子説」から発展した量子力学がその後の物理学を大いに発展させたのはいうまでもない。相対性理論と量子力学は現代物理学の二大潮流だ。


実験で検証された物理学という意味で相対性理論は現在でも全く色あせていない。どんなに物理学が発展しようとも時空はアインシュタインが予言したとおりに「曲がる」ことにかわりはない。


中学一年生のときにブルーバックスで相対性理論のことを知って以来、なんとか自分も将来数式で理解できるようになりたいと思い続けてきた。今回この「時空の幾何学」のおかげでなんとか少年時代の夢のひとつをかなえることができた。


内容とは関係ないが、この本がB5版なので僕のように老眼のはじまった読者にはうれしい。テンソルの添え字はとても小さい活字なので、i と j を区別するのはひと苦労なので。


この本を読むにあたって、僕は次のようなことが特に知りたかった。これらは数式を使わない入門書からは知りえないことだ。


1) 曲がった時空は微分幾何学という数学の概念である限りそれは抽象的なものにすぎない。抽象的な数学上の表現がどのようにして物理学としての重力方程式と結びついたのか。


2) 曲がった時空は微分幾何学から導かれる恒等式(方程式)で表現される。その考え方の理解と演算に必要なテンソル方程式の手法を学ぶこと。


3) アインシュタインの重力方程式がニュートンの重力方程式を含んでいることを数式で理解する。


前置きが長くなったが、章ごとにこの本の内容を説明する。


第1章から第3章までは特殊相対論について双曲三角関数と数多くのグラフを使って解説している。等速直線運動が基本となる特殊相対論では双曲三角関数やグラフで説明している本をよくみかけるが、この本ではしつこいくらいに丁寧に概念の理解を助けている。大学の教養課程までに三角関数の公式は慣れているものだが、双曲三角関数の公式や微積分はおまけのようなものであったから、これに慣れるのにはいい機会だろう。(と好意的に受け止める。) 


ここまでの段階で4次元時空であるミンコフスキ幾何、4元運動量をはじめとする4次元時空での物理量、時空の各点が持つ固有時間、ローレンツ収縮、等速直線運動が双曲回転であることを学ぶ。そしてこの本のユニークなところは、特殊相対論の説明であるにもかかわらず第3章から曲がった双曲4次元時空間で成立するニュートン力学の拡張と曲がった空間の幾何学(計量や曲率、距離の概念、質量やエネルギーの概念)を解説しているところである。このアプローチによって特殊相対論から一般相対論へ自然と移行することができるようになっているのだ。また運動量保存の法則も4次元時空に拡張された形で成り立っていることを見ると納得させられるものである。特殊相対論についてはこれまでさまざまな入門書で勉強していただけに退屈するかと思っていたのだが、一般相対論に結びつくこのように一般的なアプローチははじめてだったので新鮮な気持ちで読み進むことができた。


第4章はさらにユニークだ。特殊相対論に対して等加速度直線運動を考えて時空の曲がりを計算する。また一般座標系に対してニュートンの重力方程式を再構築し、時空の曲がりと重力について解明しようと試みる。しかし、この段階における時空の曲がりは「物質の運動速度」に起因するものであるから一般相対論で明らかになった「質量起源」の時空の曲がりではない。このような慣性座標系では重力を考えることはできないのだ。しかし、この章でニュートンの重力場の方程式や重力ポテンシャルを相対論的な表現で導出したり、光線の屈曲について導いておくことは、第7章で曲がった時空間の数学概念を一般相対論の物理的概念に結びつける上で重要な役割をこの本の中で果たしている。


第5章と第6章は微分幾何学の話だ。このあたりからワクワクしてくる。第5章では「計量」についてたっぷり説明している。計量とは曲がった空間の各点における曲がり具合を複数の数値からなる行列で表現したものだ。時空の各点で曲がり具合は異なるのが曲がった空間ということなのだから、計量の行列の要素は一般的に座標の関数になる。曲がっていない3次元空間だと計量は単位行列Eとなる。


計量行列はベクトルや行列を一般化した「計量テンソル」として取り扱われる。第5章では「まっすぐな空間上の軌跡」から「曲がった空間上の軌跡」を写像としてとらえることにより、計量という行列がその写像と結びついていることを学ぶ。そして曲がった空間での面積や距離などの幾何の概念を説明している。ここで扱っている曲がった空間は2次元の曲面であるが、説明されている概念は容易に多次元の曲がった空間に拡張できる。次元は変数の添え字に過ぎないからだ。


第6章がこの本の山場だ。「内在的幾何」と題したこの章は「ガウスの基本定理」からはじまる。曲がった2次元の曲面について計量を元にしたさまざまな恒等式(方程式)が成り立っていることがその本質である。通常僕たちが習った曲面の方程式はその形によって別々である。球面の方程式や三角錐の方程式、波の波面の方程式はそれぞれ違った形で表現される。しかし、ガウスの基本定理からはそれらを一般的にまとめた形で曲面である限り必ず成り立つ式として表現してしまうのだ。これが微分幾何学のすごさである。結果として得られる恒等式は次のようなものである。


1)計量テンソルの対称性や共変、反変操作による逆行列としての性質。


2)第1種のクリストッフェルの記号と呼ばれるテンソル恒等式。


3)第2種のクリストッフェルの記号と呼ばれるテンソル恒等式。


4)混合リーマン曲率テンソルと呼ばれる量についての恒等式。


5)共変リーマン曲率テンソルと呼ばれる量についての恒等式。


6)ガウス曲率:曲がった曲面の曲率を1つのスカラーで表現するための計算式。


7)リーマン曲率テンソルを縮約したリッチテンソルの計算式。


言葉で表しても正確に伝わらないので、これらを数式にした画像を掲載しておく。


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このような恒等式や計算式を使って曲面における測地線など幾何学的な性質を一般的な形で記述することができるようになる。測地線とは空間の2点を結ぶ最短経路であり、それは光線の軌跡でもあり相対性理論ではきわめて重要だ。


第6章では接ベクトル、共変ベクトル、反変ベクトル、テンソルの添え字の上げ下げ、微分の曲がった空間への拡張である「テンソル方程式の共変微分」など高度な微分幾何学を非常にていねいに説明している。章の後半では2次元曲面を4次元の曲がった空間に拡張した上でこれらの数学概念を無理なく読者に理解させてくれるのがうれしい。式はかなり難しく見え、自分にはとうてい理解できないとあきらめていたことがわかるようになるのはお金では買うことのできない喜びである。ちなみにいちばん難しそうに見える式はこんな感じだ。恐れる必要はない。ていねいに読んでいけば必ず理解できる。


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第7章でやっと一般相対性理論の説明がはじまる。まず第4章で触れたニュートン力学での重力場や重力方程式を曲がった4次元時空でのテンソル方程式として説明する。テンソル方程式といっても、加速度の方向を座標にあわせることでテンソルの次数を2に落とせるので実質的には2次の行列(テンソル)の話。しかしこれによって話の一般性は失われない。必要なときだけ4次元で考えればよいのだから。


次に重力場の中を加速度運動する物の例として月が地球に及ぼす潮汐加速度を取り扱う。あくまでニュートン力学での範囲でだ。潮汐加速度は重力場中を自由落下する加速度ととらえることができ、その効果を曲がった4次元時空の中での測地線を偏移させることが計算によって示すことができる。これが潮汐加速度を一般相対論で取り扱うということなのだ。


次に重力場を自由落下する観測者の座標系をフェルミ座標という方法で表現する。この座標系でこれまで説明されてきた計量や測地線を定義するためにはいくつかのステップが必要なのだが、この新しい(曲がった)フェルミ座標系を使った潮汐加速度の行列方程式から真空中の重力場の方程式を導くことができる。真空中だからといって行列の成分がすべてゼロになるわけではない。(ニュートンの重力場のときと同様、相対論的重力場においても行列の対角和がゼロになるだけである。)潮汐加速度は自由落下運動であるから、ここで重力と加速度の等価原理が使われているのだ。


次に物質中の重力場の方程式が説明される。まず、特殊相対論で導かれたローレンツ変換によってエネルギーと運動量がTという4次元の「エネルギー - 運動量テンソル」で表現されることを学ぶ。このテンソルには特殊相対論で導かれるE(=mc^2)を含むほか、運動量=質量x速度であるから質量も含んでいるテンソルだ。後に質量が時空を曲げるという結論はこのテンソルに現れている。


相対論の「エネルギー - 運動量テンソル」はニュートンの重力場では物質密度ρに対応する量である。「エネルギー - 運動量テンソル」は4次元時空で保存される量であるが、ニュートンの重力場における物質密度ρに対比して考えるとその「共変的なエネルギー - 運動量テンソル」はその量を「流れ」としてとらえることができ、その発散がゼロにはならないことが示される。ゼロでないことは共変的な「エネルギー ? 運動量テンソル」がリッチテンソルであらわされ、リーマンテンソルの間で成り立つビアンキの恒等式からフェルミ座標系の原点でリーマンテンソルの縮約として表されるリッチテンソルがゼロでないことから示される。つまりリッチテンソルも時空の曲がりを示したものであるから「エネルギー - 運動量テンソル」によって時空が曲がっていることが示されるのだ。そして、このリッチテンソルと「エネルギー ? 運動量テンソル」の間で成り立つ関係式のことを一般相対論における重力方程式と呼んでいる。


ここに至って数学と物理は結びついたことになる。数学と物理を結びつけた発想は、ニュートンの重力場の物質密度ρを一般相対性理論で「エネルギー ? 運動量テンソル」と見なし、その量が空間の曲がり、すなわちリッチテンソルに比例すると置いたことによるものである。


一般に知られる一般相対論の重力方程式は「エネルギー ? 運動量テンソル」の前につく定数κの値をニュートンの重力方程式と対比させることによって求めて方程式に組み込んだものである。


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最後の第8章は相対論から導かれる4つのことについて計算によってその結果を説明している章である。その4つとは相対論の近似としてニュートンの重力方程式が導かれること、球対称な重力場を想定することによりシュヴァルツシルト計量からブラックホールの存在を予言できること、重力場によって光線が屈曲すること、惑星の近日点がニュートン力学で計算されるのより微妙に移動することである。それぞれこれまで読んできた一般書で知っていたことがらであるが、あらためて数式を使って導かれるのを目の当たりにすると相対性理論の威力を思い知らされるのだ。なぜならそれらはアインシュタインの死後、観測や実験によって実証されたことだからである。


このほかにもいろいろ重要なことが説明されているが、大筋の流れはこのようなものである。


少年時代に想像していた相対性理論のイメージは、数式を数百ページもこねくり回してやっとE=mc^2や重力方程式を導くというものだったが、実際はかなり違うものだということがわかったのも収穫だった。E=mc^2の導出はA4用紙一枚ですむし、重力方程式の核心部分も数ページで導ける。相対性理論に膨大な計算が必要なのは、曲がった時空の幾何学を微分幾何学を使って準備するプロセスのためで、核心の部分は案外あっさりしたものなのだ。


また、どのような2つの物理系でも物理法則は同じであるべきだという相対性理論の前提をどのように数式で表現できるのかということも少年時代に抱いた謎だった。これは各座標系の間の写像という数学概念を使って解決している。その写像のかなめになるのが曲がった時空の間の変換を表現する「計量」という行列なのだ。


光の性質とニュートン力学との間の矛盾に気づいたことが発端となり、このように壮大な時空と重力の理論をアインシュタインが導いたことは天才的であるとともに物理学の奥深さをも感じさせるものである。



なお、本書の翻訳の元になった英語版は「The Geometry of Spacetime: An Introduction to Special and General Relativity;James J. Callahan」である。


また日本語版の正誤表はこのPDFファイルとして公開されている。英語版の正誤表はこのPDFファイルである。


関連記事:その後、相対性理論については次のような記事を書いているので合わせてお読みください。


一般相対性理論に挑戦しよう!


https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/ea7ad9292ce01ad4abbbc8c98f3303d0


アインシュタイン選集(1)


https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/26d6fc929bf7b9f0fc1e2a210882f559


アインシュタイン選集(2): ナビゲーションのページ


https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/bab590be24bf7abd95401a62db53b8eb


関連記事2:理数系書籍の読書が200冊に達したときに書いた記事です。


200冊の理数系書籍を読んで得られたこと


https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/1b92c958e54960246be16b564c6b8c8e



インターネットで勉強したい方には以下のサイトを紹介する。


EMANの相対性理論


http://eman-physics.net/relativity/contents.html


相対性理論(特殊、一般)


http://www.geocities.jp/maeda_hashimoto/tor/tor_pindex.htm


アインシュタインの科学と生涯


http://homepage2.nifty.com/einstein/einstein.html



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最後にこの「時空の幾何学:特殊および一般相対論の数学的基礎」(2021年6月8日に復刊)の目次を記しておく。                                                        


目次


第1章:1905年以前の相対性


時空 / ガリレイ変換 / マイケルソン・モーレーの実験 / マクスウェル方程式


第2章:特殊相対論 運動学


アインシュタインの解答 / 双曲線関数 / ミンコフスキ幾何 / 物理的帰結


第3章:特殊相対論 力学


ニュートンの運動法則 / 曲線と曲率 / 加速度運動


第4章:一般の座標系


一様回転 / 等加速度直線運動 / ニュートンの重力理論 / 特殊相対論における重力


第5章:曲面と曲率


計量 / 球面上の内在的幾何 / ドジッター宇宙 / 曲面の曲率


第6章:内在的幾何


ガウスの基本定理 / 測地線 / 曲がった時空 / 写像 / テンソル


第7章:一般相対論


運動方程式 / 真空中の重力場の方程式 / 物質中の重力場の方程式


第8章:相対論から導かれること


ニュートン近似 / 球対称重力場 / 光線の屈曲 / 近日点の移動


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2 コメント

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立派に読み切りましたね (EROICA)
2008-01-20 23:04:10
 とねさん。こんにちは。EROICAです。
 随分古い投稿にコメントしてしまって、ごめんなさい。
 「時空の幾何学」立派に読み切ったのですね。


>少年時代に想像していた相対性理論のイメージは、数式を数百ページもこねくり回してやっとE=mc^2や重力方程式を導くというものだったが、実際はかなり違うものだということがわかったのも収穫だった。E=mc^2の導出はA4用紙一枚ですむし、重力方程式の核心部分も数ページで導ける。


 この部分が、この本をきちんと理解したことを物語っています。そうなんです。特殊相対性理論だけでなく、一般相対性理論も、その本質的な部分は、ほんの数枚の紙に書けるほど、シンプルなものなのですよね。
 ただ、エネルギー・運動量テンソルに具体的に初期条件などの境界条件を与え、コーシー問題を解く、などの、さらに深いことを述べようとすると、どんどん、一般相対性理論は、その奥行きが広がっていきます。
 一般相対性理論は、現在もなお、研究されている分野なのです。理論的にも数値的にも。
 そういうところを調べ始めると、どんどん面白くなっていきますよ。
 何はともあれ、「時空の幾何学」をきちんと読み切られたこと、立派だと思います。
 それでは。
返信する
Re: 立派に読み切りましたね (とね)
2008-01-21 00:51:47
EROICAさん

嬉しいコメントありがとうございます!

> ただ、エネルギー・運動量テンソルに具体的に初期条件など> の境界条件を与え、コーシー問題を解く、などの、さらに深い> ことを述べようとすると、どんどん、一般相対性理論は、その> 奥行きが広がっていきます。
> 一般相対性理論は、現在もなお、研究されている分野なの> です。理論的にも数値的にも。

そうなのですか!相対性理論はてっきりもう研究し尽くされているものと思っていました。しばらく他の本を読んでから、相対性理論の最近の研究成果も調べてみようと思います。


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