とね日記

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角運動量とスピン「量子力学補巻」:朝永振一郎著

2007年10月15日 00時08分26秒 | 物理学、数学
量子力学I 第2版」、「量子力学II 第2版」に続き、朝永振一郎先生は第III巻の出版を計画されていたのだが、残念ながら1979年に逝去されたことにより、その志は達成することにはならなかった。先生の遺稿をもとに筑波大学における朝永記念事業の一環として、1989年に刊行されたのがこの「角運動量とスピン 『量子力学』補巻」である。この巻をもって「朝永量子力学」は完結する。

「第I部:角運動量とスピン」、「第II部:摂動論、観測の理論」、「第III部:関数空間」の3部構成となっている。

第I部の「角運動量とスピン」では、第I、II巻で詳しく解説できなかった「電子の角運動量とスピン」の性質を掘り下げて解説する。電子は原子核のまわりを回っているわけだが、その「公転」についての軌道角運動量は量子力学の理論によりとびとびの離散的な値をとる。また、この理論は電子の自由度が4つあることを予言している。その4つとは電子の位置(x, y, zの3つ)と公転の角運動量の1つのほか、スピンと呼ばれる角運動量のことである。

誰も電子がスピン(自転)しているのを見たことがないのだが、このアイデアを認めることによって、電子によるスペクトル線の多重性が説明されるだけでなく、量子力学の体系が矛盾なく説明できるのだ。そして電子のスピンは磁力が発生する原因でもある。

スピンの運動量は理論的な計算によって1/2や-1/2などの半整数値をとる。また、異なる2つの状態をもつスピンを2つのベクトルとしてとらえるとき、その内積は古典力学での内積とは異なる結果が得られる。ミクロの世界の不思議な結論に感動を覚えた。

電子の公転の軌道角運動量とスピン(自転)の角運動量を合成して考察し、2つの電子についてパウリの禁制原理を導入した上で理論的な計算を進めていくと、不思議なことに軌道関数とスピン関数の間にある関係が成り立っていることが結論づけられるのだ。それは「2つの電子の全シュレディンガー関数が反対称になるためには、スピン関数uが対称のときには軌道関数φは対称でなければならない。」というものだ。詳細は本書を読まなければ理解できないのだが、簡単に言えば「電子の公転と自転は相互作用している。」ということである。古典力学で公転と自転には何の関係もないわけであるから、これがわかるようになるだけでも本書を読む価値はあると思う。

第II部では「摂動論、観測理論」について述べる。摂動とは波動方程式を解析的に解くためのテクニックだ。一般的に量子力学の波動方程式は解くことが非常に難しいので、「解くことができる波動方程式からの微小なずれ」を考え、近似的に求めたい方程式の解を求める手法のことである。

「観測の理論」では、量子力学における「観測の問題」について解説している。観測するという行為そのものが量子的な現象に影響を与えてしまうから、その現象を正確に測定することが不可能になるという問題である。これは現在でも解決されていず、さまざまな解釈がなされているので、もちろんこの本で答が得られるわけではない。極論すれば「月は人間が観測しないときには存在していないかもしれない。」というのが量子力学による解釈の1つなのだ。しかし、「ウィルソンの霧箱の実験」で荷電粒子が描く軌跡が観察されるわけだが、観測の理論を適用することで、正確な位置を測定できないのに電子によってどのように霧箱の中に軌跡が生じるのかということが理論的に導かれている箇所はとても興味深く読むことができた。

第III部の「ベクトル空間」は、量子力学の数学的基礎となるもので、物理を離れて全く数学のみの証明に終始した章だ。N次元のベクトル空間の性質を復習してから、それを無限次元の抽象ベクトル空間の性質に発展させる。無限ベクトル空間に対して極限値の「収束性」の条件をつけたものが「ヒルベルトベクトル」と「ヒルベルト空間」である。また、「関数空間」で成り立つ性質と「ヒルベルト空間」で成り立つ性質が必ずしも一致しないことについて述べる。関数空間内には抽象ヒルベルト空間の公理だけでは導かれない多くの関係が成立しており、はるかに豊富な内容をもっている。のだ。第III部は証明の連続なので、物理専攻の人にはとっつきにくいかもしれないが、ベクトル空間の導入部で「ディラックのブラ・ケット記法」の意味が簡潔に説明されているので、その箇所だけでも読んでおくとよいと思う。

このような専門書を読んで自然を深く理解することが楽しいと思えるのは僕が「物理マニア」だからなのだろうけれど、朝永先生による数式での説明を理解できるようになったのも自分の力だけでなく、両親がちゃんと僕を大学に行かせてくれたからだ。僕が大学生当時、家族は祖父母も含め7人で、サラリーマンだった父の給料を考えると息子を大学に行かせるにはかなり無理をしたのだと思う。喫茶店でこの本を読みながらそんなことに思い至った。今さらながら両親に感謝したい。

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角運動量とスピン 『量子力学』補巻」の目次

角運動量とスピン
$78: はじめに
$79: 角運動量の成分間の交換関係
$80: 交換関係から可能な固有値を導くこと
$81: 角運動量ベクトルの合成
$82: 電子のスピン
$83: スピン角運動量と軌道角運動量との合成
$84: パウリの禁制原理の導入
$85: 軌道エネルギーと見かけ上のスピン-スピン相互作用

第II部: 摂動論、観測の理論

摂動論
$1 摂動
$2 摂動の方法(その1)
$3 摂動の方法(その2)
$4 時間を含まない摂動による遷移
$5 時間につき周期的な摂動による遷移
$6 調和振動子に対する応用、選択規則

観測の理論
$7 一般的注意
$8 霧箱内の粒子飛跡についての考察(その1)
$9 霧箱内の粒子飛跡についての考察(その2)

第III部: ベクトル空間

ベクトル空間
$1 N次元の数列ベクトルと空間R^N
$2 N次元および無限次元の抽象ベクトル空間
$3 ヒルベルトベクトルとヒルベルト空間R^Hおよびその抽象化
$4 関数空間R^S


関連リンク:


角運動量とスピン:みすず書房のHP
http://www.msz.co.jp/book/detail/04081.html

量子力学I 第2版:みすず書房のHP
http://www.msz.co.jp/book/detail/02551.html

量子力学II 第2版:みすず書房のHP
http://www.msz.co.jp/book/detail/04105.html

量子力学I 第2版のレビュー(とね日記)
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/7a2a6fb8e53c35ae78ee655ab68d8219

量子力学II 第2版のレビュー(とね日記)
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/05312f75b4abbb854c1a81352abebae9
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2 コメント

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Unknown (ojisan)
2007-10-16 11:59:15
こんにちは、おじさんです。
「量子力学Ⅰ」はBookOffで105円で入手して読みましたが
3巻の存在は知りませんでした。早速入手して読んでみたいと思います。
返信する
Re: (とね)
2007-10-16 12:41:27
ojisanさん

第1巻を105円でお買いになったのですか!!(笑)

よほど書き込みがあったのか、汚れていたのか、それともBookOffの人がこの本の価値を全く知らなかったのでしょうね。

僕のほうも次に読む本の候補が5冊ほどありましたが、昨日そのうちの1冊を読みはじめました。物理シミュレーション系の理論とプログラミング入門書です。
返信する

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