とね日記

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量子力学のイデオロギー増補新版:佐藤文隆

2012年12月19日 23時20分25秒 | 物理学、数学
量子力学のイデオロギー増補新版:佐藤文隆

著者について
佐藤文隆:1938年山形県鮎貝村(現白鷹町)生まれ。60年京都大理学部卒。京大基礎物理学研究所長、京大理学部長、日本物理学会会長、日本学術会議会員、湯川記念財団理事長などを歴任。1973年にブラックホールの解明につながるアインシュタイン方程式におけるトミマツ・サトウ解を発見し、仁科記念賞受賞。99年に紫綬褒章を受けた。京都大学名誉教授。2001年より甲南大学教授


理数系書籍のレビュー記事は本書で201冊目。

今月はじめに紹介した「量子力学は世界を記述できるか:佐藤文隆」はすごくよかったので、双子のように同時発売されていた本書も期待して読んだのだが、残念ながら全体的には不満の残る結果となってしまった。

量子力学は世界を記述できるか:佐藤文隆
量子力学のイデオロギー増補新版:佐藤文隆
 

本書は物理学の発展史を軸におき、それぞれの時代で世界や宇宙の認識に与えた影響を先生のお考えを交えながら紹介する科学思想系の一般向け書籍だ。「量子力学は世界を記述できるか:佐藤文隆」と比較すると文章は「硬め」で、全体を通じ大学入試の現代国語で出題される評論文のような文調である。

なるべく広い読者に読んでもらうためだと思うが、専門的な物理学用語や概念を日常用語に置き換えて表現する工夫がなされているので、物理学の勉強をしたことがない読者でも読める内容になっていた。先生のこのあたりの力量には感心させられた。数式がたくさん含まれる第9章は一般読者を寄せ付けないが、その他の章に数式は使われていない。

本の帯にはこう書いてある。

世界の描きかたは唯一ではない
科学は思想でも、事実についての記述でもない。だが、その現実へのインパクトは時代精神を変容させる。量子力学もまた、物質、時空、宇宙、生命など、世界観を構成する基本的な概念について、われわれに意識の変革を迫っている。五感的対象を超えて展開する物理学の手法とフロントを描き、量子力学が現代文明に生じさせた、新しい事態の意味を考える。

この帯の文章はほとんど第1部の内容に対応している。本書のタイトルにある「イデオロギー」という言葉は、ふつう政治的な文脈、特に近代史の中できな臭い意味合いで使われることが多いが、本書での「イデオロギー」に政治的な意味合いはない。科学の進歩が人々が自然や宇宙に対してもつとらえ方に影響を与え、変革を余儀なくさせる。その時代精神をイデオロギーと呼んでいるのだ。

第1部は量子力学を主軸において科学と時代精神の変容を述べている。けれどもいきなり量子力学をもちだして、前提知識のない一般読者に解説を始めるわけにはいかない。そこで科学史をコペルニクスの時代までさかのぼり、順をたどってニュートン力学、量子力学、場の量子論、ゲージ理論の解説を含む素粒子物理学の各段階で時間と空間、物質、宇宙に対する考え方がどのように変革したかが展開されている。この文脈の中で量子力学の不確定性原理、EPR問題、波動関数など、学んだ者にはおなじみの論点が詳しく解説されていた。

ここまでは読み応えがあり、僕は著者の解説力に感心しながら読むことができた。

しかし第2部以降、特に第5章以降は、がっかりさせられてしまったのだ。

というのはその後に続くページは20~30ページほどの記述をかたまりとして、後述する詳細目次に書いた内容が順番に展開される。けれども、その記述の中ではまたニュートンから素粒子物理学に至る科学史が解説されているのだ。書き方は違うものの、同じような内容を何度も読むことになるので、途中で飽きてくる。

それぞれの文章を単独で読めば、過不足なく見事に解説されていて申し分ないのだが、それらを寄せ集めた結果、内容にいくつもの重複が生じてしまっている。このようなわけで第2部以降、特に第5章以降は、がっかりさせられてしまったのだ。各話題それぞれのページ数が少ないので、ひとつづつ要約してここで紹介することもできない。

僕が想像するに、出版社からテーマが提案されて、先生はその都度文章をお書きになり、最終的にそれらを1冊の本にまとめたため、同じような科学史解説が重複してしまったのではないかと思っている。それぞれ書いた時期も違っていたのだと思う。しかし本全体の目次レベルではうまく構成されているので、書店で立ち読みした程度では説明の重複に気づくことができない。

マイナス点を書き続けるのは恐縮なので、素晴らしいと思ったことも書いておこう。

ニュートン力学では絶対時間と絶対空間だったものが、相対性理論では4次元の時空として認識されるようになる。けれども量子力学以降、複素数の波動関数が必要なり、それは時空の各点において波動関数はヒルベルト空間という数学的な空間内の複素ベクトルによって定式化される。これを一般の読者に言葉で説明しても通じるはずがない。このような説明上の困難を解決するために佐藤先生が用いたのが「表現空間」という言葉だ。物理的な実体がないというイメージも伝わるし、「数学的な空間」というイメージしにくい表現でもない。

さらに場の量子論の文脈で、この「表現空間」は時空の各点において「内部空間」として存在する、と解説される。そしてゲージ理論を説明するに及んでは、「内部空間」にあるベクトルの向きが一定の関係を満たしながら変化していると解説されているのだ。このように書けば物理学や数学を学んでいなくてもイメージできる。数学的に厳密ではないが、意味合いは一般読者に十分伝わると思う。

自発的対称性の破れについても、その延長で説明されていた。本来あらゆる座標軸において対称な内部空間にあるベクトルの向きが、同一方向にそろってしまうこと(自発的対称性の破れ)により、内部空間がいくつかの「部分空間」に分裂する。このように説明すれば群論を持ち出さなくても説明をすることができる。超弦理論の説明の箇所では、時空の各点にある内部空間が11次元であり、それは数学的なものではなく実在する物理空間であるという論法だ。

このような説明のしかたは僕としては初めてのことなので、感心すると同時に今後ブログを書く上でおおいに活用したいと思った。

硬い文章の連続だったので、本書は読むのに時間がかかった。次の読書は理数系書籍以外のものにして、その次に今度は物理の教科書を読んで紹介したいと思っている。


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量子力学のイデオロギー増補新版:佐藤文隆


第1部:量子力学のイデオロギー
第1章:量子力学断章1―理論と身体
- 科学と鑑賞
- レンズとホログラム
- 理論と身体
- 未知と未決定
- 癒すと測る
- 実在と道具
- 過去自体と歴史

第2章:量子力学断章2―形相と媒体
- 数学と身体性
- 形相と媒体
- 「あちら」と「こちら」
- 制御と秩序
- 選択と意味
- 「でる」と「すくう」
- 異常と正常

第3章:量子力学雑感

第2部:物理学のアリーナ
第4章プリンキピアの物理
- 「プリンキピア」三百年
- 素粒子と宇宙--近代物理学のコスモロジー

第5章:相互作用の統一理論と宇宙論
- 物理学のアリーナ--素粒子から宇宙へ」という軸
- 現代宇宙論の背後にあるもの
- 宇宙論ブームとその後

第6章:理論物理の雑感
- 相互作用の統一理論
- 理論物理雑感
- 理論物理での美
- 坊主か?職人か?

第3部:時間空間の生成
第7章:宇宙と時間の生成

第8章:時間と空間をつくる
- 時間と空間をつくる
- 宇宙の生成と死
- 宇宙論と時間

第9章:膨張宇宙論から見た時間

第10章:理論物理の雑感―増補
- つけ加える、とり除く
- 「観る」と理論
- 味の濃い「述語」
- 科学を駆動するこころ

あとがき
増補新版へのあとがき
初出一覧
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5 コメント

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絶対時空 (hirota)
2012-12-20 13:40:21
時空の各点に内部空間があるんじゃ時空が絶対視されてしまいますね。
一般読者の時空感覚は動かせないと見て諦めたかな?
返信する
Re: 絶対時空 (とね)
2012-12-20 19:43:43
hirotaさん

鋭いツッコミですね。確かにおっしゃるとおりです。
今日はこの本を持ち歩いていなかったので、帰宅して内容を再確認して返信を書きました。
本書のP185にはこのように書かれています。「さて、この内部空間は通常の時空間の各点にあるわけである。」
「諦めた」のではなく「ここでは触れなかった」だけだと思いました。
というのも、他の章で(たとえばインフレーション宇宙論の説明のところで)時空が存在していなかったことや、時空さえ物質場との関係において表現される、というようなことが書いてあったからです。

「絶対時空」の発案者はアイザック・アインシュタインではなくhirotaさんのウィットに富んだ創作型時空ですね!コメントのタイトルに座布団1枚差し上げたいくらいです。
返信する
そこだけ絶対時空 (hirota)
2012-12-21 11:25:59
なるほど、バラバラに書いたものをまとめたから各章で違いましたか。
絶対時空ってSFかなんかで見たような気がするけど、なんとなく記憶にあった言葉を使っただけなんで発案者じゃないですよ。
返信する
見逃した! (hirota)
2012-12-21 11:29:34
アイザック・ニュートン+アルバート・アインシュタイン=アイザック・アインシュタイン
でしたか
返信する
hirotaさんへ (とね)
2012-12-21 12:40:40
> なるほど、バラバラに書いたものをまとめたから各章で違いましたか。

はい、この本では時空の量子化やエヴェレットの多世界、宇宙論としてのマルチバースなどありとあらゆる仮説のことも書かれてるので、一度にこれだけ詰め込むと一般読者はどれが本当なのか、混乱すると思いました。

> アイザック・ニュートン+アルバート・アインシュタイン=アイザック・アインシュタイン
でしたか

はい、そういう方程式です!
返信する

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