徒然に思いをこめて♪

季節のさりげない出来事を、思い出のポケットに仕舞い込むように・・・
あなたの心に届くようにと・・・♪

術後1日目

2006年02月20日 | 命の闘病記
11月26日(2日目)
麻酔が完全に切れたのか、早朝に目が覚めた。
頭の感覚が戻ってきたら
ようやく自分の状況が判ってきた。

口には酸素マスク
右手には点滴
左脇には、リンパの廃液を出すドレーンが2本バッグにつながってる
それと尿管
足には、静脈瘤を防ぐための、タイツが履かされていた

( ´△`)アァ- 管を取って自由になりたぁ~~~い
ってことで、まず酸素マスクを取ってもらった。
(こんなのなくても 息は出来ます )

で、次ぎは尿管。
尿意もないのに、横のバックに尿が溜まっていくのが許せない!
おしっこは、尿意があって自分で出すもの!!!
ってことで、抜いてくださいと頼んだ。
「え?もう?」
「はい、ポータブルトイレを持ってきてください。自分でします」
ポータブルトイレを持ってきてもらって尿管を抜いてもらった。
座ってる間に
「あああぁぁぁ 血圧が下がりだしたなぁ。。。」
と、と言う感じはしたが そのままベッドに戻った。
看護師さんが、早々に血圧と脈を計る
(/||| ̄▽)/ゲッ!!!上が84・下が42しかない
まぁ、判っていたことだけどね

慌ててる看護師さんに
「問題ありません、すぐ戻りますから いつものことです」
と笑って見せたら、看護師さんも安心したようだ
しばらくすると、元に戻っていた。

つぎは、タイツだ!
これは 動けば静脈瘤の問題はない
ってことで、トイレに起きれたから大丈夫ですと言って
はずしてもらった

でもって残りは2個
点滴とドレーン
点滴は、食事だけちゃんと摂れれば
あとは抗生剤が終れば取れるはず。

朝食から、おかゆで食事が始まったが
1つぶも残さず完食
他の脳の手術の患者さんとかに、目がいってる看護師さんに 大きな声で
「えらいなぁ~~~~」
と言って振り向いてもらい
「はい♪完食♪」
と言って、お盆を返す♪
看護師さんも、思わず笑ってしまってた

ドレーンは、廃液の量が少なくなったら抜いてくれるらしい
普通、6日くらいかかるらしい
横腹に2個穴を開けて そこから脇の下と鎖骨の辺りに入れてあるらしい
これが、結構痛い。。。。。。
早く取れないかなぁ。。。。


手術あとのガーゼ交換で、簡単に手術のことを聞いた
大胸筋は残したけど、乳房は全摘。
癌の細胞は、どうやら乳首の方に広がってたらしい
わきの下のリンパ・鎖骨のとこのリンパもすべて郭清
大胸筋には、癌はなかったようだ
以上のような事だった

ガーゼ交換で、見ようと思えば 自分の傷が見れたのだが
まだ、片パイの現実を受け入れる勇気はなかった。。。。

昼食は、5分がゆ
胃痛が続くので、痛み止めと安定剤が点滴から入れられてる
そのためか、ずっと ウトウト状態

トイレは、お昼頃から 自分で歩いてトイレまで行ってみることにした。
少しふらふらするが、何とか行けそうだ。
付き添ってた 看護師さんが 「終ったらブザーを押して呼んでくださいね」
と言うので呼んだら、違う看護師さんが来て 
「大丈夫ですね」と言って行ってしまった
仕方がないので、一人で点滴台を押しながら 部屋に帰ると
最初の看護師さんが、
「一人で帰ってきたんですか?」と言う
「呼んだけど、大丈夫ですねだけ言って 行ってしまったから」
「ああぁぁ、元気な患者さんと勘違いされたんだ。すみません

          

昨日手術したばかりですけどぉ。。。

夕食から、軟飯になった

この日から、驚くべき回復力だと
病棟内で 有名になっていったらしい。。。(;^_^A アセアセ



夜、7時過ぎに
息子が、自転車に乗ってて マイクロバスに跳ね飛ばされる事故にあい
私の入院している総合病院に運ばれてきた。
現場検証に来た 南署の警察やさんが
「この子は、生きてない」と思うほどの現場だったらしい
周りは、みんなその連絡に慌てふためいて
あくびまで、宴会場から 娘に連れられて飛んできた
一番冷静だったのは、息子で
「母が、○○病院に入院してるので、そこに運んでください」
と、救急隊員に言ったそうだ。
お陰様で、奇跡的に 軽い打撲だけで終った
(´▽`) ホッ


2日目の夜は、あくびが泊まると言ってくれたが断った
だってぇ~~~
メッチャ元気なんだもん
看病なんて必要ないしぃ~~~
それより、家でゆっくり休んでくれたほうが
私も、安心だ
でも、ありがとう

ってことで
2日目も 終っていった