徒然に思いをこめて♪

季節のさりげない出来事を、思い出のポケットに仕舞い込むように・・・
あなたの心に届くようにと・・・♪

アルソミトラ

2006年03月24日 | 子育て日記
息子の中学時代の学用品を整理してて
学級通信を見つけた
名前は「ルソミトラ
植物の名前です。
ネットで調べてみると、意外に有名な植物のようで
いろいろな事が 書いてあります

アルソミトラAlsomtra macrocarpa)はインドネシアなどの熱帯のジャングルに生えるウリ科のツル植物です。名前は,アルソ(森の)ミトラ(帽子)・マクロ(大きな)カルパ(果実)という意味です。この植物は,スイカのような実が熟すと下部が割れ、写真(大きさは幅が15cm程度,重さは0.2g程度)のような種子がグライダーのように空中を遠く(1km)へ飛んでいきます。
発芽する部分がおもりとなって薄い後退翼を付け、滑空します。 なんと、この種が飛んでいるのを見て、ドイツのタ ウベ飛行機が考案されたのです。この種は、飛行機 の技術向上に多大な影響を与えたのです。


子孫を残すために進化した種
それは 大きすぎず小さすぎず
一番、生きるのに 都合のいい形になったのだと
卒業式の日、話してくださいました。



その「アルソミトラ」を読み返していたら
11月の文化祭の記事が目に止まりました♪
息子の中学校の思い出に
私のブログへの掲載をお願いしたら
快く承諾してもらいましたので
ここに 紹介します


アルソミトラ3
○文化祭 3年5組の感動しました!またしても感動のドラマが!
文化祭の当日は、多数の保護者の参観ありがとうございました。特に3年5組の合唱には、感動されたことでしょう!○○君(とまとの息子)が編曲し、みんなで作り上げた歌。合唱コンクールで、生徒が編曲した曲を歌うということを、未だかってこんなことがあっただろうか?保護者の方もきっと驚いたことでしょう。
 講評の中で、「過程が大切である」というのを言われました。はじめの頃は正直「大丈夫か?」「歌(合唱)になるのかな?」という不安もあったのですが、○○君をはじめとする実行委員や、パートリーダーが中心になり、あの合唱に仕上げました。また、○○君と指揮者のH君で、夜、電話やメールで「ここをこうしよう!」「明日は・・・・」と合唱のために頑張っていました。聞いた人はわかるけど、中学生が編曲した曲?なんて信じられないですね。どの学級の合唱曲にもひけをとらなかったと確信してます。私も聞きながら足が震え、涙が出てきそうになりました。(3年5組のみんなありがとうと心の中で叫びました!)結果は、銅賞ということでしたが、私自身、3年生はどのクラスも金賞で良かったのではと思うくらいすばらしい合唱だったと思います。
 またまた、それにしても、3年5組にはいろいろな困難が起こるなと思いました。何と、コンクールの5日前の体育時間に、伴奏者である○○君の指が「脱臼」………しかし、彼は病院の先生に、取り外しのできるギブスをしてもらい、決して指を固定してもらわなかったのです。「脱臼した指で伴奏?」「代わりの伴奏者はいない!」直前になり、大ピンチ!しかし彼は、指の痛みをこらえながら、火曜日から、ピアノの練習をしていたのです。最初は指が動かなかったとのこと……   そして本番。最高の伴奏で「最優秀伴奏者賞」  またまた感動ですね! すごいの一言ですね!
 今回の文化祭のどれを見ても感じたことが、「中学生ってこんなにできるんだ!」と生徒の可能性の素晴しさを実感したことです。



この文章のとおり
参観に来ていた保護者の皆様が
3年5組の歌に 感動してたようです
普通の合唱曲ではなく、元は歌謡曲
中島みゆきさんの ドラマの主題歌になった曲です

隣に座っていた、下級生の保護者でしょうか?
「感動して涙が出そうになった」と言う言葉を耳にして
うちσ(o^_^o)の息子♪
と言いたいのを、我慢して ニヤニヤになっていたのを
思い出しました
(;^_^A アセアセ

先生の この感動的な通信に感謝
お陰で、いい思い出を忘れずに
ここに残せれます
きっと、このブログをご覧になってるであろう先生
ありがとうございました



余談ですが
中学校を卒業したばかりの息子は、来週
ある高校に「ファゴット」という楽器の指導に行くそうです♪
あまりメイジャーな楽器ではないため
指導者が居なく、高校の先生が息子にお願いに来ました 

音楽的才能は、趣味として
別の道の進もうとしている息子の将来にむけて
p(´∇`)q ファイトォ~♪

卒業式に寄せて♪

2006年03月16日 | 子育て日記
今日、3月16日は息子の卒業式でした
中学校の息子が、たくましく感じた1日でした♪

思えば、この3年間は 命との戦いでした。
父の末期癌の闘病
そして、見取った後は母の癌の手術
やっと落ち着いたかと思ったら
今度は、私の癌宣告と闘病。
手術の日の次の日には、息子が事故で運ばれ
本当に、命を考える3年間でした。

命に振り回されて、息子の成長の確認も怠っていたようです。
いつの間にか、気がついたら たくましくなってた息子でした。
学校のことも、何も協力出来ないままの3年間。
「親はなくとも、子は育つ」
よく言ったものです。
母親に頼ることの出来ない息子は
自然と、自分でやることを身につけ
進学も悩むことなく
本当に親孝行な息子だったと思います。

私の命は、後どれくらいか。。。。
15歳で死ぬと言う宣告を受けて3倍生きてきました。
神様は、中々修行を終らせてはくれないようです。
(;^_^A アセアセ

昔、誰かに言われたことがありました。
「神様は良くしたもので お母さんが、命と戦うのを判っていたのか
子供は、手がかからないように作られたんだね」
その通りかもしれません。

私の闘病は始まったばかり。
あと10年間は続くそうです。
その間、命の尽きる事のないように
神様に、まだまだ 修行をお願いしたいものです。
この、息子が どんな大人になるか
ちゃんと自分の目で見届けられるまで・・・・・
明日に向かって、今日も歩いて行きます。


・・・卒業に寄せて、息子へ・・・

子供へ一首
  どのような
  道を
  どのように
  歩くとも
  いのちいっぱいに
  生きればいいぞ
    ・・・・みつを・・・・
 

いのちいっぱいに生きた、相田みつをさんの詩です。
この詩にたくして。。。。。。



大部屋で ⑤

2006年03月09日 | 命の闘病記
12月6日(火)
朝、洗面所に行った帰りに
88歳のTさんの居る回復室を覗いて見た。
Tさんは、ぐったりとした様子でベッドを少しだけ起こして寝ていた。
家族の人に声をかけたら
「麻酔がまだ 効いてるのか寝てばかりいて反応がない」と言う
私は、Tさんの耳元で
「Tさぁ~~ん」
とささやいた。
すると どうでしょう。Tさんは
「会いたかったぁ~~♪」
と言ってニコニコして私に抱きついてきた
Tさんの家族はびっくり!!
「今まで、声かけても返事もしなかったのに~」
昨日から、付き添いの息子さんやお嫁さんなど
4人ほど来てて
「私たちにもめったに見せない笑顔だ。。。」
と言っていた


「大丈夫やった?全然痛くなかったやろ?」
「まだ手術しちょらんとよ。」
「へ?」
Tさんは寝ている間の事で、痛みもなかったので
手術が終ったと思ってないらしい
(;^_^A アセアセ
「もう、トイレにも歩いていいって言われてるのに動きたがらない」
どうやら ここでも看護師さんの言うことも身内の言う事も
聞き入れてくれないみたいだ。。。。
ヾ(; ̄ ̄ ̄▽ ̄ ̄ ̄;A 汗汗・・・




しばらく話をして体を起こせるようになったので
部屋に戻ると
実習生が私のベッドに遊びに来た。
「私、とまとさんの手術に立ちあったんですが、すごくよく覚えてますよ」
「(・_・)......ン? 私、何かしました?」
「はい、ものすごく明るい方で楽しいオペでした」
へ?????
「とまとさん、ずっと楽しそうに話して みんなを笑わせてましたよ」
「は?それって寝言で???会話にはなってなかったでしょ?」
「いえ、ちゃんと会話してましたよ。楽しい話を」
「誰と話してました?」
「麻酔科の先生や、私たちと♪」
すみません。。。全然記憶にありません( ̄_ ̄ i)タラー


あとで
お友達である麻酔科の先生の奥さんに この事を話したら
「とまとちゃん、覚醒しなかったのは そのせいだよぉ~~
とまとちゃんの口と頭は別々のものだって
最初、先生に言ってないからぁ~~~
麻酔が効いてないと思って追加されたんだよぉ~」


        

私の頭と口が別々って・・・・・
ヾ(; ̄ ̄ ̄▽ ̄ ̄ ̄;A 汗汗・・・

乳癌の手術でリンパを取ると、腕を動かすのが大変らしい
私は、手術直後 麻酔が覚めてない時
手術の方の腕を、ぐいっと動かしたらしい。。。
先生たちが、口を揃えて
「動いてる、動いてる」
と言って、しばらく観察したらしい・・・
(;^_^A アセアセ    





面会時間になると、市内のSさんが
私がもうすぐ退院だって聞き付けて、慌てたように お見舞いに来た
可愛いお花と、でかぁ~~~いメロン付で♪

丁度、ワックスの時間だったので 食堂で 話をして 病棟に帰ると
詰め所の前に、何処かで見た事のあるお方が。。。。

(・_・o)ン? (o・_・)ン? (o・_・o)ン?

鹿児島からTさんが来ていた。
通りすがりに顔を覗きこむと
何処に行ってたのぉ????
と言わんばかリに、追いかけてくる

あれ?ここって病院の病棟だよね。。。。
でもってアタシσ(゜-^*)は患者。。。。
こんなとこで、追いかけっこしてていいの?

と思っていたら、奥からあくびが
「何処いっちょったとぉ~~?捜したがぁ~」
と、これまた追いかけてくる
ヾ(; ̄ ̄ ̄▽ ̄ ̄ ̄;A 汗汗・・・
私って。。。。。。。患者 患者 患者



夕食後、回復室を見るとTさんと目が合ったので ベッドのそばに行ってみた。
「お昼ご飯も、2口くらいしか食べてくれなかったんですよ。。。」
と、看護師さんが困った様子
「Tさん、私と一緒に食べようか?」
そう言って、介助してやると
「最高!!美味しい!」
と言って
私の顔を指差しては、ニコニコの顔
結局Tさんは、ほとんどを完食してしまった

それを見ていた男性の看護師さんが
「とまとさん、僕のこの白衣貸しましょうか?」
と言って、笑っていた
(;^_^A アセアセ

Tさんの夕食後、明日手術の予定の
別の部屋のTさんがやってきた。
「とまとちゃんから元気を貰ったから、手術も怖くなくなった」
そう言いながら、明日のパワーをくださいと言う
(;^_^A アセアセ

その後で
病院の近くのTさん(Tさんばかりだ。。。)が
今日、聞いたと言って
慌てて お見舞いに来た

みんな
有難いね
忙しいのに、本当に有難い







避けては通れないこと

2006年03月06日 | 命の闘病記
闘病記を書いてる内容に
今まで、書けない事実がありました。
なんでもない事なんですが
事実を受け入れるのに、今日までかかってしまった

それは
自分の姿を正面から見た時の話。。。。


12月1日
全身浴の許可が出た日です。

何度も
ガーゼ交換などで
自分の傷は見てきたのですが
いつも首を下の方にかしげて見てる状態で
それも、なくなったほうの傷のみ 見てきました。

この日の午後
入浴許可が出て、久々に全身浴になりました。
お風呂には、何処でもあるような
上半身だけの大きな鏡があります。

私は裸になって
壁にある鏡を凝視出来ないまま
髪と身体を洗いました。
判っていることだけど
自分の姿を見るのは、大変怖かった。。。。

勇気をもって
恐る恐る鏡の前に立ちました

まるで化け物だ。。。。。。

それが私の感想でした。
片方見てるだけでは、そう深く考えてなかったのだけれど
両方を鏡に写すと
ちょっと怖い。。。。

これって女性の身体ではないなぁ。。。。。

目の奥から、暖かいものが流れ出しました。
それはしばらく止まることなく
後から後から流れ出て、お風呂から上がれない状態でした。

これが、私なんだ。。。。
受け入れるしかない。。。。
でも。。。。。

涙をこらえると鼻水になります
目も鼻も真っ赤になって、着替えて出た
初日の全身浴でした。




その後
病室で、カーテンを閉めて着替える私を見た娘が
「お母さんの左って、天使みたいだ」
そう言ってくれました。
娘は、深い意味はなさそうに言ったのですが
私にとっては、救いの言葉のようでした。

全国に居る
片パイの女性のみんなも
きっと、自分の姿に
ショックを受けられた方が沢山いると思います。
私も、その一人ですが
それは、私が生きている証です
まだ、生きていいと神様がくれた 生きている証です
生まれたときに15歳の命と言われて
3倍も生きてきましたが
まだまだ、生きてていいようです

傷にはじないように
ガンバ

大部屋で ④

2006年03月03日 | 命の闘病記
12月4日(日)術後9日目
朝、洗面所で顔を洗ってたら
違う部屋の顔見知りになった人が、後ろを通りかかった。
いったん通り過ぎて
何かを思い出したように
「1日一回は あなたの顔を見ないと元気が出ない」
と引き返してきてきた。
へ?私の顔?

そういえば、ここの病棟で
何人もの人に 「元気をありがとう」と言われた
私は、別に何もしてないのに。。。。
不思議だ。。。。。



午前中、暇だからテレビを見てたら
メッチャ可愛い看護師さんのSさんがやってきた
色々話した後で
「ここに来ると癒されるわ」
そう言って帰って行った
この人も トマト菌の感染者か。。。。。




午後、今日は日曜なので お見舞い客が多い
面会時間を待つように、主人の両親が来た。
野菜ジュースやら、果物やら いっぱい抱えてきた♪
帰り際、父の様子がおかしい。。。。
血圧が下がっているようだ。。。
私は、水分と血糖値をあげるためにチョコを食べさせて様子を見た
すぐ元に戻ったので、気を付けて帰るようにと言って見送った

その後 延岡からKさんとMさんがお団子を持ってきた
今日が初対面なのにスッピンである(;^_^A アセアセ
病室の入り口で見送っていたら
弟家族が3歳の甥っ子を連れてやってきた
「おばちゃんと、ジュース買いに行こうか?」
そう言うと ニコニコして付いてきた

しばらくすると、前の職場のMちゃんHさんが来た
弟たちは、入れ替わるように帰って行った
「どんな顔して、とまとちゃんの顔を見たらいいのか迷ったけど元気そうでよかった」
そういう話をしていると
あくびが Hさんを案内してやってきた♪
可愛い花と、高級そうなゼリーがお見舞いだ
久しぶりに宮崎に来た様で、奥さんとイオンに行ってきたらしい
「で?奥さんは?」
「車の中だよ」
「連れてくればよかったのにぃ~」
奥さんの顔みたかったなぁ。。。。
だって~~Hさんって、愛妻家みたいだからぁ~

その後、しばらくして
Sさんが、2回目のお見舞いに来た
生ドラ持参である♪
これじゃぁ~、太るなぁ。。。。

今日は、寒いのか みんな着込んでやってくる。
ここにいると、寒いのも暑いのも判らない。。。。。
これって いいことなんだろうか。。。。



12月5日(月)術後10日目
今冬一番の寒さで、山沿いは雪が降ってるらしい

今日は、同じ病室のTさんの手術日である。
Tさんは88歳
耳が遠いようだが、毎日声をかけると嬉しそうに答えてくれる。
昔、終戦直後 大手術をしたようで
その時の、痛みがひどかったため手術を嫌がっていた
病名は、「胆石」。
胆のういっぱいに石があり、胆のうは使い物にならないらしい
朝、看護師さんが 浣腸に来たが 嫌がってさせてくれない
「あと10分して来ますからね」
そう言って出て行った

私は、Tさんのベットに行って 自分の手術あとを見せた。
「ほら、こんなに大きな手術だけど、私元気でしょ?
全然痛くないからね。
早く家に帰りたいでしょ?
だったら、浣腸しないと帰れないよ
大丈夫、頑張ろうね」

そう話したら Tさんは 大きくうなずいた 
直後、看護師さんが浣腸を促しに来たら
今度は、すんなりとOKした
驚いてる看護師さんに、お隣のKさんが
「トマトさんが、話してくれたとよ」
と言った
「え?とまとさん、どう言う魔法使ったんですか?」
(;^_^A アセアセ
何も使ってません。。。。。

手術に出発の際
「大丈夫♪待ってるからねっ♪」
と 声をかけたら ニコニコして手を振って
手術室に入っていった
Tさんも トマト菌の感染者か?



★お昼前、産婦人科にて癌検診
産婦人科の受付に、な・な・なんと友達が居た
久しぶりに会ったのに、産婦人科って。。。。。

リハビリが予定に入ってたはずなのに、呼びに来ない。。。
問い合わせてもらったら、手違いで予約が抜けていたらしい。。。
退院の確認をしたら
リハビリは、最低2回は必要
火曜・水曜リハビリ入れて、退院は木曜になります

とのこと。。。。。
            
水曜に退院できると思っていたのに。。。。

   




今日も暇でした。。。