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クリームソーダ的宇宙

アナウンサー!冬物語chapter.18

2014-05-19 12:00:00 | アナ冬

「こんばんは、ニュース22、今日はこの話題からお伝えします――」

あるベテラン俳優が肺がんで70歳を前に亡くなったニュース。

その告別式の様子をニュース映像は伝えている。

朝ドラで共演した若手女優、二時間ドラマで長い間タッグを組んでいたベテラン俳優、

若い時代からともに俳優人生を歩んできた親友、

たくさんの人々がその俳優の死を、神妙な面持ちでむかえている。

 

ひととおり告別式の様子が流れ、ニュース22のスタジオにカメラが戻る。

その瞬間ぬかれた、張本右太郎の面持は告別式に参列した誰よりも神妙だった。

神妙というよりは心ここにあらずといった感じか…。

なんのコメントもしない張本に気が付いた隣の多岐川クリステルがとっさにフォローし、発言した。

「肺がんであるという事実は、周囲には隠していたそうですね。

名バイプレーヤー、とくに悪役が多かった蟹江さんでしたが、素顔は優しく、面倒見のいい方だったとか」

クリステルは張本に向かって言ったが、その声はなおも届かないようだ。

「張本キャスター?」

やっと張本が、はっとした。

「ひゃい」

「あ・・・、早すぎる死が悼まれます。改めて、ご冥福をお祈りします。

次のニュース行きましょうか…」

張本の心ここにあらず。

その心はいま絶望の淵にあった。

つい2日前まで、彼は幸せの絶頂にいたというのに―。

 

 

話を2日前の、土曜日に戻そう。

ダンススタジオでサヤ子を玉澤に紹介した。

そのあとブランチに行った。

 

高層階にある眺めの良いレストランからは東京の街が一望できる。

5月の晴天。

真っ青というにはすこし遠慮がちな水色の空に、白い飛行機雲が浮かんでいた。

梅雨に入る前、一瞬の、ご褒美の様な爽やかなこの季節が、右太郎は一番好きだ。

テーブルに向かい合って座り、その空を横目で見ながら、

これから計画している事を思い浮かべた右太郎の顔に自然に笑みがこぼれた。

しかしその一方、向いに座るサヤ子はなんとなく心ここにあらずだ。

前菜が運ばれてきてもなかなか手を付けない。

ダンススタジオを出てから、少しだけ口数が少なくなったように感じたが、

ときどき彼女はそうなることがあるので、右太郎はさして気にしていなかったのだが…。

「サヤちゃん、食欲ないの?」

「ううん、そんなことない」

「そう・・」

食事をしはじめたサヤ子に気が付かれないよう、

右太郎はフォークをそっと置き、その手をジャケットのポケットに滑らせた。

さらりと毛羽立ったベルベットが指にふれる。

小さな四角い箱の感触を確かめながら、これからはじめようとしている計画を頭の中で復習した。

(ストレートに、言うのが一番だ…)

静かに深呼吸する。そして・・・

「サヤ・・・」

「ウタ、あのね?」

「なに?」

突然話しかけるサヤ子。

いつもは痛いほどの強い視線を右太郎に向けるその目が、

今日に限ってすこしだけ目線を下におろし右太郎の目を見ていなかった。

右太郎の心に微かななにかがよぎった。

「どうしたの?サヤちゃん、なにかあった?」

「・・・・・」

サヤコの言葉は喉の奥で止まっている。

レストランの中でふたりの間だけ時が停止したようだ。

なぜだろう。

順調なはずだ。

むしろ僕らの絆は飛行機事故を境に強くなっているはずだ。

それなのに、なにが僕をこんなに不安にさせるんだろう?

―サヤちゃんが僕の目を見ていない、たったそれだけの事じゃないか?―

「なにか、あった?」

「…ううん、…なにも。なんでもないの…」

機嫌が悪いのか?

とりあえずなにか気の逸れる話をしよう。

「愛ちゃんの・・、あ、玉澤社長の娘、愛って書いてめぐみっていうんだけど。」

ダンスすごいよね。初めてらしいよ。内緒だけど、愛ちゃんの母親は実は…」

「ウタ、ごめんなさい」

とつぜんサヤ子が謝る。

「どうしたの?…いいよ、ムリして食べなくて。もう出ようか?ちょっと風にあたろう。

カフェでコーヒー飲んで‥それともうちに帰る?」

サヤ子はうなずいた。

右太郎はポケットのなかの箱から手を放し手をあげウェイターに会計を頼む。

微かななにかの正体は不安だ。

なにが?どうして?

それを知るのがこわくて、右太郎は素早く会計をすませるとサヤ子をつれて店をでた。

 

 

再び現在。ニュース22が終了。

「張本さん、今日は心ここにあらずでしたね?困ります、こういうの」

クリステルは帰国子女だけにはっきりとものを言う。

ニュース22を張本とともに背負っている身として当然の指摘だ。

「すみません…」

「体調お悪いんですか?トイレから戻るときもお天気コーナーのモニターの前を横切ってたでしょう?」

「すんません…」

「…おつかれさまでした」

クリステルがやれやれといった表情で、ため息交じりにそういい放ちスタジオをあとにした。

右太郎も席を立つ。

よくない。

公私混同してはいけない。

今日のニュース22は最悪だっただろう。

告別式のニュースならまだしも、なでしこ快勝やふなっしー年収の話題で顔面蒼白はよくない。

スタジオを出るとゆっくりと通路を歩いた。

アナウンス室に戻り明日の資料整理をしなくてはならないが、正直その気力はない。

誰もいない長く暗い通路の途中、壁に寄り掛かった。

頭上の蛍光灯がジジジと音を出して時々暗くなる。

もう寿命なんだろう。

できればこのまま、その寿命を終え真っ暗になって、この身を隠してほしかった。

明日も自分はさまざまなニュースを――痛みや怒りや憤りのなさや、人々の無念を読み上げなくてはいけない。

今の僕にそれは酷じゃないか?

ひたすら続くこの毎日に終止符を打ちたい。

目の前が真っ暗だ。

何も見えない。

・・・さん?

なんだろう、暗闇のなか僕を呼ぶ声。

・・・さん?

「・・・さん?張本さん・・・?」

右太郎はハッとした。

いつのまにか床にへたり込んで目を閉じていたようだ。

顔をあげ声の主の方を見ると、女性が心配そうに張本の顔を覗いていた。

「あの、大丈夫ですか?」

彼女の顔に見覚えがあった。

確か・・・

「きみは・・・、クリステルのヘアメイクの・・・?ええと・・・」

「ジョルジュです。」

ジョルジュ。

そんな名前だったのか。

 

―つづく―

 


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