震災が起きてから 夜ローソクの光りを囲んで輪になって座り
お祈りと感情のシェアをしている
以前はよく“夜の感情のシェア”はしていたけれど ここのところ中断していたのが
震災をきっかけにまた復活した
まあくんは久しぶりに学校に行った気持ちを 色々シェアしてくれた
まあくん 「学校はいいところもいっぱいあると思った 友達も出来るし
みんなと遊べるし 勉強も教えてくれる・・・
でも みんな先生の話を聞いてないんだよ 指遊びしたりして・・・
あれは先生も悪いと思ったよ」
ママ 「なんで?」
まあくん 「だって人の話を聞く態度は そういうふうじゃいけないって
先生が教えてないってことでしょ」
ママ 「・・・・・」
パパ 「それで まあくんは どんな感情が上がったの?」
まあくん 「僕が将来 学校を作ったら
こんな学校にはしたくないなって思ったよ」
パパ 「うん・・・
そういうふうに思う もっと奥にある感情・・・っていうのかな
まあくんが感じた 自分の感情を感じてみて欲しいと思うんだよね
評論家になるのは簡単なことだよ
これじゃいけない 先生が悪い こんな学校にしたくないって
でも 常に 自分の気持ちにフォーカスしてみて
そこを感じて欲しいなって・・・・」
まあくん 「・・・・・・」
しばらくの沈黙・・・
そう・・・ “感情のシェア”は 人の批評や出来ごとの分析ではなくて
常に自分にあがった感情をシェアする場だってことを
パパは言い続けている
じっ~と 自分の気持ちを見つめていたまあくんが ボソッとつぶやいた
まあくん 「ぼくは・・・ 不安になるんだよね ・・・・
これが 本当に生徒のためになっているんだろうかって・・・」
ママ&パパ 「・・・・・」
ママは静かに感動していた
この子が 教室にいて自分が何を感じたのか
自分の感情に気付いてそれを言葉にしたことに
不安・・・・そうかぁ 不安を感じているんだ・・・
全体最適の視点・・・
“これが果たして みんなのためになっているのか”という視点
この子は常にリーダーの視点でものを捉えて
考えることが出来る子なんじゃないかなぁ と思った
だから こういうやり方に不安を覚える限り
その感情が湧いてしまう限り
その感情に蓋をして 授業を受け続けるというのは
この子にとっては かなり辛いんだろうなと思った
そして まあくんは最後に 言った
まあくん 「でも やっぱり ひとつだけいえることは・・・
やっぱり 教育は押しつけではダメだってことだよ」
そんな感情に気付けて 改めて教育について 将来の学校について
また考えるきっかけが出来てよかったね
体験することには すべて意味があるんだよね きっと
今日は そんな自分にあがった“不安”という感情を
感じて 味わってみようねと パパが言って
そして しばし教育談義に花が咲き・・・
将来こんな学校が出来たらいいなぁという夢を語り合い
この日の“感情のシェア”は終わった
つづく・・・