和布に魅せられて

日本の伝統美を大切にしたい!

故郷小笠原

2013年11月09日 | 日記

 70年前 (昭和18年2月)私は小笠原村扇浦字番外5番地の1で生まれた。
2歳になったころ戦争がはげしくなり強制疎開で東京へ。
軍属だった父とは離れて暮らすことが多かった。後に北海道で仕事中亡くなった。
35歳くらいの母は島を離れて苦労したもよう。

小笠原返還は昭和43年その2年前に母は望郷の思いを胸に帰らぬ人に。
私は21歳。返還の時にはすでに所帯を持ち一人の子持ちになっていた。

それから島へ帰る余裕もなく(20年前に一度島を訪れたが)今回の訪島はもう行かれない
年齢のためかとても印象が強いものになった。

竹芝桟橋から島まで1000k。小笠原丸6700tの船で26時間30分の道のり。

交流会なので島の人たちの歓迎会が夜開かれた。





翌日は

偶然ホテルの真ん前が私の生家のあった空地でした
20年前の時見たガジュマルの木が倍になっていた。


船着き場も今は石ころだけ


かにのお宿


めじろも住んでいる。

朝食を済ませて仲間とレンタカーで島内めぐりに。


コペペ海岸


小笠原コーヒーの畑と店
当日は豆が無くなっていて外国のコーヒーだったのでパス。


コーヒーの木


ちゃぼさん・肥料担当

そのあとは町へ

メイン通りはみせも少なく静。
買い物を終えて夕陽を見に三日月山展望台へ。
時期によってはクジラを見ることができるそうだ。


夕陽はいまいちだった。