京都の闇に魅せられて(新館)

京都妖怪紀行(21):三面大黒天とねねの道





 豊臣秀吉の正室・北政所ことねねが、夫の菩提を弔うために建立したという京都・高台寺。
 高台寺の前を横切る石畳の「ねねの道」。
 ねねの道を挟んで、高台寺のほぼ真向かいにある、ねね終焉の地・圓徳院。

 その圓徳院の一角に、珍しい仏様が祀られています。
 名を三面大黒天といいます。
 豊臣秀吉が福徳信仰の象徴として、念持仏としたといわれる珍しい仏様です。いわば秀吉の出世守本尊です。
 この御堂は京都御苑から移築したものだそうです。

 この三面大黒天は、大黒天、毘沙門天、弁財天の三つの顔を持った仏様です。
 つまり3人の有名な仏様が、ひとつに合体したという神様なのです。

 まるで、『女神転生』『真・女神転生』シリーズで、マハーカーラ(大黒天)と、毘沙門天と、サラスヴァティ(弁財天)とを3身合体させたような……っと、こんなマニアックな喩え方しても、一部のゲーム好き以外にはわからないでしょうね(笑)。
 しかし、3人の強力な神仏が合体したような仏様なのですが、それだけにその力やご利益も強力そうです。

 最初この仏様のことを知った時には、「本当にそんな漫画みたいな仏様が居たのか!?」などと思いましたが(失礼!)。
 しかしちょっと調べてみると、三面大黒天の歴史は古く、天台宗・比叡山延暦寺の開祖とされる伝教大師・最澄が、遣唐使として中国で学んだ時に日本に取り入れ、比叡山に祀ったそうです。
 ねねの道に面した出入り口にある大黒像です。






 門から中に入ってみます。
 中には、茶店兼みやげ物屋さんがあり、観光客の姿も。







 

 店のある反対側に、三面大黒天は祀られています。






 本尊です。









 なお、本尊は圓徳院の出口のあたりに祀られています。






 圓徳院についてはまた後日、写真画像とともにとりあげるつもりです。


 「豊臣秀吉はこの仏様を崇拝していたから出世できたのか?」などと思っていたら、こちらのページに面白いことが書いてあったので、納得しました(以下引用。赤字部分は筆者による色づけ)。



> この三面大黒天にも秀吉の合理性が表れているところがあります。三面なので一回拝めば三つの効き目があるのですから、実に合理的で秀吉らしい信仰です。大名になる前、秀吉はずーっと三面大黒天を信仰していました。
 秀吉は、三面大黒天を信仰したから出世したのでしょうか。いいえそれは違います。三つの顔を一回で拝む、という合理性を持っていたから出世できたのです。仏教は合理的です。

(後藤典生『こころ惑うときに』より)


 引用以上。



 今回は、ねねの道周辺の画像で終わりたいと思います。












 

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