古代の日本語

古代から日本語には五十音図が存在しましたが、あ行には「あ」と「お」しかありませんでした。

卑弥呼の読みと意味

2022-01-23 10:40:37 | 古代の日本語

「魏志倭人伝」に音写された三世紀の日本語をご紹介しています。

今回は、いよいよ「魏志倭人伝」の最終回です。

原文
読み
倭女王卑彌呼 倭の女王「ひびを」
與狗奴國男王卑彌弓呼素不和 狗奴国の男王「ひびきをさ」と和せず
遺倭載斯烏越等 倭の「さしあを」らを遺わし
詣郡說相攻擊狀 郡に詣り、相攻撃するの状を説く
(中略)
 
復立卑彌呼宗女壹與 また卑弥呼の宗女「とよ」を立つ
年十三爲王國中遂定 年十三にして王となり、国中遂に定まる

まず卑彌呼(新字体では卑弥呼)ですが、これを女性だから「ひみこ」である、などと考えることはできません。

なぜなら、彦(ひこ)と姫(ひめ)、男(をとこ)と女(をとめ)、息子(むすこ)と息女(むすめ)などの対比から明らかなように、末尾の「こ」が男性を表わすのが日本語の古くからの習慣であり、これは小野妹子のような人名についても同様だったからです。

また、卑彌を姫と解釈する人がいるようですが、狗奴国の男王が卑彌弓呼素であることから、この解釈には無理があると思われます。

私が思うに、卑彌という言葉の謎を解く鍵は開化天皇の和名、稚日本根子彦大日日(わかやまとねこひこおほひひ)にありそうです。

この名前は、『紀記論究 建国篇 大和缺史時代』(松岡静雄:著、同文館:1932年刊)という本によると、稚は兄の大彦命に対する弟の意味であり、日本は大和、根子は本系の子、日日は秀胤(すぐれた血筋)という意味だそうです。

ところで、『勤皇文庫 第一巻』(社会教育協会:編、1940年刊)という本では、この和名の末尾の日日を「ひび」と読んでいます。

また、『大日本国語辞典』によると、彌は「み」の万葉仮名であると同時に「び」の万葉仮名でもあります。

つまり、日日は「ひび」と読むことができ、卑彌と書くことが可能だということです。

そして、呼は「を」の万葉仮名ですから、結局、卑彌呼は「ひびを」と読むのが正しいと思われますが、『日本語源』によると、「を」には「物を続けて不絶しむる物」という意味があるそうなので、「ひびを」は「すぐれた血筋を絶やさぬ存在」と解釈することができるのではないでしょうか?

卑彌呼は、大和朝廷の最後の切り札として登場した人物ですから、天皇家のすぐれた血筋を絶やさぬ存在として、「ひびを」はとてもふさわしい名前だと思われるのです。

ちなみに、女性の名前としてよく用いられる玉緒(たまを)は、魂を放さず持ち続けるという意味があるそうです。

次に卑彌弓呼素ですが、『明解漢和大字典』によると、弓の漢音は「きう」、呉音は「く」ですから、卑彌弓を「ひびき」と読むことは可能でしょう。

そこで、「ひびき」という地名や神名を調査したところ、『三重県神社誌三』(三重県神職会:編、三重県神職会:1926年刊)という本に、名賀郡上津村(現在の伊賀市)の比々岐(ひびき)神社が載っていて、主祭神は比々岐神ですが、これは少彦名神(すくなひこなのかみ)の別名とされているそうです。 

少彦名神は有名な出雲の神ですから、ひょっとすると前々回ご紹介した伊勢津彦もこの神を祀っていたかもしれませんし、伊勢津彦が東に追いやられたという伝説から、東海地方に比々岐神を崇拝する集団がいたとしても不思議はなさそうです。

また、卑彌弓呼素の素は、漢音「そ」、呉音「す」ですが、『「倭人語」の解読』には、藤堂明保氏の研究結果として、素の上古音が「sag」であることが紹介されているので、素を「さ」と読むことは可能だと思われるのです。

したがって、呼素を「をさ」と読んで長(をさ)だと考えれば、卑彌弓呼素は「ひびきをさ」、すなわち比々岐族の族長を意味する言葉だと解釈することができます。

もし、大和朝廷が狗奴国と長年対立状態にあったとすれば、狗奴国の王を、固有名詞ではなく、単に「比々岐族の族長」とよんだ可能性は十分あるのではないでしょうか?

次に載斯烏越ですが、載は漢音呉音ともに「さい」なので「さ」、斯は斯馬国の「し」、烏は烏奴国の「あ」、越は「を」の万葉仮名なので、結局「さしあを」と読めそうです。

最後に壹與ですが、『読史叢録』には、梁書および北史に臺與と書かれていることなどを根拠に、壹は臺の誤りであると書かれているので、臺與(新字体では台与)を正解とします。

その場合、本ブログの「奴国から邪馬台国へ」という記事でご紹介したように、邪馬臺を「やまと」と読んでいることに加え、『漢音呉音の研究』にも、後漢の長衡の東京賦を引用して、臺は「と」であると書かれています。

そして、與は「よ」の万葉仮名なので、結局、臺與は「とよ」と読むのが正しいと思われます。

次回は漢字の音訳に関する考察です。

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