★☆第38回「グローバル・ジャパンという方法」☆★
◆グローバル・ビジネスのモード(かたち)
グローバルに展開するジャパンを考えるために、グローバル・ビジネスのモード(かたち)をまず、考えてみよう。
グローバル・ジャパンの展開方法を考えるに当たっては、市場(マーケット)と顧客(カスタマー)のマトリックスが有効だ。
市場は、日本国内と海外市場、顧客は日本人と非日本人(海外国籍人)だ。
冒頭の図の市場―顧客のマトリックスに見られるように、グローバル・ビジネスには、4つのジェネリック(一般基本)戦略がある。
第1に、
日本がこれまで得意としてきた、モノの輸出入など貿易によるグローバル・ジャパン展開、これを「貿易型グローバル・ジャパン」と名づけよう。
次に、主に海外在住の日本人向けに、日本食などを提供したり、親企業の海外進出に伴いグループ企業が海外展開する「自国本位グローバル・ジャパン」。
3番目が日本国内に在住あるいは滞在する日本人以外の外国人向けにクール・ジャパンなどを提供する「国内グローバル・ジャパン」がある。
最後に、海外では一般的な、海外の市場で、海外の顧客を対象とする「本格的グローバル・ジャパン」の4基本戦略である。
日本企業の場合、「貿易型グローバル・ジャパン」の展開、モノやサービスの輸出入が主であり、法の未整備の影響もあり、人の輸入、つまり、外国人観光客への戦略的な対応や、ましてや、外国人労働者への開国は未だになされていない。この三番目の「日本グローバル・ジャパン」展開という新しいかたち、つまり、国内を市場として、外国人観光客を相手とするビジネスや介護など日本の高齢化社会へ向けた外国人働き手ビジネスは、今後の大きな市場になると思われる。
これは、経済的側面から見ると、必然的な流れになると考えられる。理由はこういうことだ。アメリカ経済の衰退に伴い、円高が加速することになろう。そうなると、伝統的に日本が強かった輸出産業は打撃を受け、一層衰退していくだろう。円高によって利益を享受するのは、海外から日本への輸出である。となると、海外に子会社をもち、日本へ輸出した方が得になることも多い。一部の日本のエクセレント・カンパニーでは既にその方式が取られている。例えば、世界3本社制(日米欧)などの形である。また、外資の投資先としての魅力ある日本が対象となるだろう。ただ、その対象が問題になる。これまでの製造業界や食品業界などへの株式投資は、国内法や司法のグローバル対応が未熟なため、海外からの投資意欲は減退している。ただ、2007年5月に会社法が改正され、三角合併のみ解禁されたこともあり、魅力ある国内市場つまり、業種的に言うと、日本的イメージをもつ観光業や高齢化社会向けのビジネスへの投資は、価値あるものとの判断が下されるだろう。
「自国本位グローバル・ジャパン」ビジネスは、以前は、ヤオハンなど現地駐在員のための日本食の流通など、アジア地域で展開が見られたが、バブル以降は、中国など一部の地域を除いて衰退傾向にある。
現在は、先進国の健康志向ブームに助けられ、海外市場での和食、とくに、巻き寿司や寿司店など日本食文化の特徴的なものは、「本格的グローバル・ジャパン」の展開段階へ来ており、日本人だけでなく、多くの外国人が顧客となっている。もちろん、クルマや嗜好製品など、ソニーやトヨタなどほんの一部のエクセレント・カンパニーがこういった形のグローバル展開を果たしている。
さて、
結論的に言えば、グローバル・ジャパンの展開には、
3番目の日本国内に在住あるいは滞在する日本人以外の外国人向けにクール・ジャパンなどを提供する「国内グローバル・ジャパン」と
4番目の、海外の市場で、海外の顧客を対象とする「本格的グローバル・ジャパン」の展開をどちらかに絞るのではなく、どちらも戦略的に積極的に進めるべきである。
◆ 産構審の知識組替えの衝撃
経済産業省は、旧通産省の時代から産業構造の転換戦略を提示してきた。1960年代の「重化学工業化」、1970年代の「知識集約化」がそれだが、2008年7月末に、約30年の沈黙を破り、「日本型イノベーションの開発戦略」を提示している。これは、「知識組替えの衝撃」と銘打った報告書でなされているが、グローバル・ジャパンを考える上に、とても大事なリポートだ。
(遺伝子組替えなど、マイナス・イメージを持つ「組替え」の言語選択のセンスを疑うことは、別にして)
彼らの論理を要約してみよう。
日本の産業は、「中小企業を含めたものづくりの現場力+クールなデザイン+豊かな地域資源」等、競争力の基礎になる要素がある。しかし、それらが十分に活かされていないために、いわば『宝の持ち腐れ』の状況になっている。つまり日本に足りないのは個別の技術やノウハウ、デザインそのものではなく、これらを組み合わせて活かす力。
これは、シュンペーターの言う、イノベーションの定義、「新しい組み合わせ(新結合、生産的結合)」(当ブログ:第31回「加速されるグローバリゼーションのモードと情報の国籍」参照)のことを言っているようだ。
そこで、
日本のこれら競争優位の知識を、アジアを中心とするグローバル市場のなかで適用し、富を獲得することが不可欠であり、グローバルに稼ぐには、個々の技術の良さだけでは不十分となり、大企業と中小企業、業種、ものづくりとサービスといった従来の枠を超えて技術、ノウハウを組み替える大胆なイノベーション(=知識組替え)が必要、と展開している。
そして、産業政策として、以下5つの提言を出している:
1:中小企業もグローバルに稼ぐ (⇒筆者、『日本中小企業のグローバル化』。以下同様)
2:異なる業種、企業に分散している技術を集約化して稼ぐ
(⇒『脱業種による技術の集約化』)
3:ジャパン・クールをトレンドにして稼ぐ (⇒『ジャパン・クールのビジネス化』)
4:環境技術をソリューションにして稼ぐ (⇒『環境技術のグローバル・ビジネス化』)
5:医療機関を統合して地域医療を再生する (⇒『地域医療の広域連携』、なぜか突然オープン化の文脈で、医療産業が出現する?)
さて、上記「知識組替え」産業戦略に欠けているものを、行政面とクロスカルチャー・マネジメントの観点から見ると、こうなる。
産業政策のプロバイダー(供給者)である行政、この場合は、経済産業省だが、総務省などとの、例えば、通信と放送の所轄問題を含めて、インターネット時代に合った、行政レベルでの「脱業種」がないままに、実行者である企業への一元的サポートが可能か、ということだ。まずは順番として、行政内部の組替えと新結合をおこすことが先決ではなかろうか。
グローバル化を考えるのに不可欠な、クロスカルチャーの視点からは、
アジアを新産業政策のパイロットプロジェクト・サイトと位置づけているが、日本側の「儲け」だけの論理で、他のアジア諸国へのリーダーシップが有効に作用することになるのだろうか疑問だ。現代は、企業にはCSR(企業の社会的責任)があるように、国家にも地域への国家的責任も存在するだろう。ここでは、他のアジア諸国との日本的な『共生』の視点が非常に大事になってくると思われる。リーダーシップ論で言っても、アジアとの共生、つまり、アジア諸国のメリットを共に考えていかなければ、従来の米国型unilateralism(単独主義)との相違が見えてこない。
更に、「市場、業種、組織等の壁を越えて知識が交流・共有される仕組みの創出」が第1の政策群に掲げられているが、これも国内だけで考えていてもダメで、海外在住で活躍しているグローバルな日本人財の活用を含めないと、従来の方法と相違がない。
また、提言1の「日本中小企業のグローバル化」については、グローバル・マインドの涵養が不可欠になる。
グローバル・マインドとは、世界の異なった社会・経済・政治環境の中でのビジネス知識、そして多様な文化を背負った仲間と一緒に仕事を行うときの心構え(マインドセット)のことである。
中小企業の場合、
国内企業からグローバル企業という一般的な方向だけではなく、最初から海外市場を狙う、グローバル企業というのも存在する。「ボーン・グローバル企業」がそれである。
ボーン・グローバル企業は、特に、先端技術を開発した企業に多く見られるもので、グローバル展開の段階的なモードを経ないで、じかに海外を対象とするかたちの企業である。
段階的なグローバル展開とは、アップサラ・ステージモデルとしてよく知られている。つまり、海外展開のモードには、進出国への投資・リスクの程度と現地企業に対するオーナーシップ・コントロール(所有・統制)の程度を考慮して、「輸出」、「契約」、「戦略的提携(ストラテジック・アライアンス)」、「海外直接投資(FDI)」の4種類の方式がある。
このグローバル展開のモード(アップサラ・ステージモデル)は、時間をかけて経験をつみ、上記4つの段階を経ながら、海外展開し成功に導こうというものである。ただ、現在のように、急激なグローバリゼーションの進展と激しい競争環境の下では、段階的展開は遅すぎるとの意見も存在することは確かであり、「ボーン・グローバル企業」のコンセプトも、特に日本の中小企業には、一つの有効なグローバル展開方法といえよう。
日本の将来を考えてみれば、
グローバル・ジャパンから、グローバル・アジア/オセアニア、グローバル・アフリカ、そしてグローバル・ヨーロッパなどのグローバル・ビジネス戦略が立案されるようになれば、実質的なグローバル国家へと生まれ変われるのでは、あるまいか。
次回は、グローバル展開に成功した企業の「定石」と、失敗した企業の「落とし穴」について、欧米での実証的な研究成果を基にチェックしよう。
【参考】
☆(追加)ボーングローバル企業:
Knight, G.A. and Cavusgil, T. (1996), The Born Global Firm: A Challenge to Traditional Internationalization Theory, Advances in International Marketing, 8, pp.11-26
◆「知識組替えの衝撃-現代産業構造の変化の本質-」
経済産業省産業構造審議会 新成長政策部会基本問題検討小委員会報告書(2008年7月28日)
http://www.meti.go.jp/report/downloadfiles/g80728a02j.pdf
◆新経済成長戦略(2008年9月9日)
-「新経済成長戦略」の改訂 フォローアップと改訂(案)本文(経済財政諮問会議提出)
http://www.meti.go.jp/press/20080909005/20080917004-3.pdf
-経済産業大臣官房審議官 石黒憲彦氏の「志本主義のすすめ」第118回新経済成長戦略
http://dndi.jp/00-ishiguro/ishiguro_118.php
◆アップサラ・ステージモデル
スウェーデンのアプサラ大学(The University of Uppsala)のJohansonらが唱えた海外展開モード。
Johanson, J. and Vahlne, J-E. (1977), The Internationalization Process of the Firm - A Model of Knowledge Development and Increasing Foreign Market Commitments, Journal of International Business Studies, Vol. 18, pp.23-32