リビア空爆は今日も続けられたようです。オバマ大統領は、訪問先のチリでインタビューに応じ、(飛行禁止空域を設定した)「国連安保理決議に忠実に行動する」と述べ、介入が限定的であることを示唆したようです。
【参考:asahi.comより】
http://www.asahi.com/international/update/0322/TKY201103220136.html
リビア情勢は依然として予断を許さない状況ですが、昨日に引き続き、「保護する責任」から見たリビア空爆を考察してみます。
一昨日、昨日にも述べたとおり、「保護する責任」は、国際的に広く受け入れられつつある概念であることは間違いないと思います。ただ、それが国際規範になっているかといえば疑問を挟まざるをえません。というのも、「保護する責任」にもいくつかの論点が内在されているからです。これら一つ一つを論じていくと、修士論文になってしまうので、そのうちの大きなもの、「right authority」について考察します。
「right authority」とは、簡単にいえば、誰が武力行使を認めるのか?ということです。
二度の世界大戦を経て、世界では、自衛戦争を除き、武力行使が一般的に違法とされています。「世界政府」といったものがない以上、武力行使を「容認」したり、「否認」したりする権利は理論上はどこにも存在しないことになります。
ただ、前述の、「主権と介入に関する国際委員会」ではこの問題も当然のことながら議論され、当面、国連安保理以外にこの役割を果たしうる機関はないとしています。(安保理が機能不全に陥った時には、国連総会がその役割を代替すべきとも言われています。)
現実問題として、国連安保理以外に権威ある国際機関はないというのは大方納得いただけるのではないかと思います。ただ、国連の成り立ちを考えた時に、この安保理が未来永劫にわたって、長期的に権威ある組織であり続けるのかは疑問が残るところです。
安保理の決議があったからといって、従来からの、「武力不行使」「内政不干渉」といった国際規範を乗り越えられるのかということも問題になります。
(バンキムン事務総長は今回の介入は、「内政干渉」に当たらないとのメッセージを出しています。)
以上、3回にわたり、「保護する責任」の一端を紹介しました。
私個人として、介入に賛成・反対の意思表示をするつもりはありません。国際関係論において主流になりつつある、「保護する責任」という概念を皆さんに示すことで、感情的な議論を排し、世界各地で起きている事象に目を向けてほしかったのです。
もし、ご要望があれば、保護する責任について、さらに詳しく説明しますが、ひとまず今日で終了します。リビア情勢が再び大きな転機を迎えた時に、また、この話題は更新します。
【参考:asahi.comより】
http://www.asahi.com/international/update/0322/TKY201103220136.html
リビア情勢は依然として予断を許さない状況ですが、昨日に引き続き、「保護する責任」から見たリビア空爆を考察してみます。
一昨日、昨日にも述べたとおり、「保護する責任」は、国際的に広く受け入れられつつある概念であることは間違いないと思います。ただ、それが国際規範になっているかといえば疑問を挟まざるをえません。というのも、「保護する責任」にもいくつかの論点が内在されているからです。これら一つ一つを論じていくと、修士論文になってしまうので、そのうちの大きなもの、「right authority」について考察します。
「right authority」とは、簡単にいえば、誰が武力行使を認めるのか?ということです。
二度の世界大戦を経て、世界では、自衛戦争を除き、武力行使が一般的に違法とされています。「世界政府」といったものがない以上、武力行使を「容認」したり、「否認」したりする権利は理論上はどこにも存在しないことになります。
ただ、前述の、「主権と介入に関する国際委員会」ではこの問題も当然のことながら議論され、当面、国連安保理以外にこの役割を果たしうる機関はないとしています。(安保理が機能不全に陥った時には、国連総会がその役割を代替すべきとも言われています。)
現実問題として、国連安保理以外に権威ある国際機関はないというのは大方納得いただけるのではないかと思います。ただ、国連の成り立ちを考えた時に、この安保理が未来永劫にわたって、長期的に権威ある組織であり続けるのかは疑問が残るところです。
安保理の決議があったからといって、従来からの、「武力不行使」「内政不干渉」といった国際規範を乗り越えられるのかということも問題になります。
(バンキムン事務総長は今回の介入は、「内政干渉」に当たらないとのメッセージを出しています。)
以上、3回にわたり、「保護する責任」の一端を紹介しました。
私個人として、介入に賛成・反対の意思表示をするつもりはありません。国際関係論において主流になりつつある、「保護する責任」という概念を皆さんに示すことで、感情的な議論を排し、世界各地で起きている事象に目を向けてほしかったのです。
もし、ご要望があれば、保護する責任について、さらに詳しく説明しますが、ひとまず今日で終了します。リビア情勢が再び大きな転機を迎えた時に、また、この話題は更新します。