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今日も元気さんぽ俳句メシ

散歩は吟行まいにち吟行雨の日はぐるぐる部屋でさんぽ

若き日の挫折いくたび花辛夷

2021-03-20 10:30:43 | 日記



              花辛夷「光る砂漠」の瑞々し


              青春の三畳一間花辛夷



 二十歳の時に矢澤宰の「光る砂漠」を初めて知って手にして読んだ。
北区王子の線路脇の、三畳一間のアパートでだった。
木造の二階建ての古いアパートで、みな三畳だったように思う。一階の、玄関を入って廊下があり、狭い炊事場と向かいのすぐの部屋が僕の部屋だった。同じ会社の広島出身の二つか年上の先輩が二階の部屋にいた。バイト先の社長が借りてくれていたアパートだ。
もう一人、茨城県出身の30代の妻子持ちの先輩も初めのうち、ここに住んでたようだ。
詳しいことは知らないけど、夜逃げ同然で東京に出て来たと本人が居酒屋で茨城訛りでつぶやくように話してくれた。まだ子どもは3歳と言ってた。しばらくして落ち着いて、どこかにも少し広いアパートに移ったと聞いた。酒好きで、肝臓が悪いんだと自分で顔が黄ばんでると指で指し示すようにしてたことがある。人のよさそうな素朴な人柄の印象だった。
会社にはあと社長を入れて5人いた。同じ広島の、30代の芸術家がいた。家はパーマ屋を嫁さんが経営していて、嫁と娘2人を残して単身、夢を追って東京に出て来たようだった。今、どうしているだろうかと数年前に検索してみたら出て来た。
千葉に住んでいてだいぶ歳の若いのと暮らしていた。離婚して再婚したのかはわからない。
千葉から通っていた人が2人いた。どちらも40歳前後だった。1人は「シシシシ」と変な笑い方をする人だった。もう1人はいつもキャップを被ってて耳に赤鉛筆を挟んでいた。競馬好きだったようだ。その後、パチンコか何かギャンブルで借金をこしらえて蒸発してしまったようだ。
山梨県出身の20代後半の人がいたが僕がまだ居た頃に田舎に帰ってしまった。「ずら」と話しの語尾に付けていたっけ。
帰る時、「家に来るずら。」と言う言い方だったか、家においでよと言うことで4,5人で一緒に訪ねたことがある。
葡萄農家だったのか家の前に葡萄畑があった。長男で後を継ぐために田舎で暮らすことにしたようだった。
あと1人は横浜出身で近くに彼女と6畳に台所の付いたきれいなアパートで暮らしていた。彼24歳、彼女21歳。「同棲時代」が流行っていた頃だ。
残る社長は60歳くらいで、豆タンクみたいなハゲで金縁メガネの奥で細い目をして笑うと奥歯に一本金歯が見えた。気は悪くなかった。落語が好きというようには見えなかったが誰だか、落語家の後援会に入っていて時々出かけてるようだった。一杯飲みに行ったりもしてたようで、それを知った茨城の〇藤さんが一度くらい連れて行ってほしそうによく愚痴をこぼしていた。



木蓮の紫ひらきひらく白

2021-03-20 07:00:40 | 日記



              木蓮の風に捻れし白のぞく


 白木蓮が終りに近づき、木蓮が咲いて来ました。これも紫木蓮とも言うのでしょうか。内側も紫の木蓮もありますが。
さて、桜が咲いて来ましたね。昨日、大阪も開花宣言してました。陽気に誘われて出かける人は多いでしょう。幸い?今日、明日は天気が悪いようだけど。でもまだ散るまで桜が咲いてないから大丈夫だけど。
今夜から明日の雨で一段と咲いて来るでしょうね。月曜日から天気が回復すれば三分咲き、五分咲き、満開へと日毎に加速するでしょう。昨日など、春の陽気のためか、マスク外しておしゃべりしてる人たちを見ました。気が緩んでしまうのでしょう。
そんな油断するところに変異ウイルスが忍び寄って来るかも。油断大敵です。
 今日は今のところ晴れて風もなく穏やかです。夕方から風が強く吹くようになるのかな?