大崎ワールド全開の短編集。
この作家の小説には独特の「手触り」がある。全体の雰囲気はほんわかしているが、シャープに結ばれたディテールが読者にリアル感を与える。
例えば「報われざるエリシオ」の冒頭、坂を下る三両編成の赤い電車が「中級者のジョギング程度のスピードでノロノロ」と坂を下る描写は童話的だ。が、進行方向を変える時、先頭と最後の車両から車掌と運転士が降りてきて入れ替わる為に停車するのだが、「二人とも運転手にしておけば、いちいち入れ替わる必要もないし、時間と労力の節約になるのに」と主人公は実際にその乗ったことのある人間しか抱かないような不満を漏らすのだ。
「ケンジントンに捧げる花束」では冥王星にまつわる話が語られ、それが見事に小説の構成と絡み合い、芸術的とも言える小品である。この話を読むためだけでも文庫を買う価値はあるだろう。
「悲しくて翼もなくて」は恋愛小説の王道をゆく。愛しい人を失う僕は、悲しいのにそこから飛び立つ翼さえ持ちあわせてはいない。しかし翼はなくても人は歩くことはできる。映画『シティ・オブ・エンジェル』のラストに重なるエンディング。
表題作の「九月の四分の一」は表題作。この不思議なタイトルにちょっとした仕掛けが施されているのだが、それは読んでのお楽しみ。
ベルギーはブリュッセルのグランプラスという広場の描写は圧巻。ブリュッセル名物と表現されている「小鳥の朝市」を訪れたいという気持ちになってしまった。
大崎善生というと将棋のノンフィクションのイメージが非常に強かったが、今自分の中では恋愛小説の旗手という位置に落ち着きつつある。
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わぁ~ そうですか。
期待が大きく膨らんで読むのがもったいない感じです(汗)なにせ、映画『シティ・オブ・エンジェル』は「恋愛映画オタク」を自称する私の大好きな作品のひとつなんです。
もっと突っ込んだ感想をお聞きしたかったですがネタバレになってしまいますものね。
大崎ワールド、メガホンをとるつもりで?じっくり大切に満喫しようっと(笑)
セスが、ラスト、友人の天使がゲラゲラ笑いながら見ている前で波へ何度も飛び込むシーン。彼は本当に生まれ変わろうとしていたんだと思いますが、なぜかそのシーンとすごく重なりました。