朝がまた来る

旧ブログ名「母のようになりたくないのに」です。
毒親、ママ友、育児、病気のこと…40代パート主婦が呟いています。

私の両親③

2020-11-12 23:11:50 | 毒親のこと

私の通っていた中学校は全員部活動に入らなければいけませんでした。

私は友達とソフトテニス部かバトミントン部に見学にいこうと約束をし、そのことを母に話すと

「あーーーー!!ダメダメ!!テニスもバトミントンもお金かかるじゃない。部費がかかる部活動はダメ!!」

見学だけでも見に行きたい。友達と約束した。と私なりに説得したのですが、全く聞く耳を持ってはくれませんでした。

一緒に見学に行く約束をした友達には行けなくなったことを謝り、私なりに親の負担にならない部活動はないか考えた結果、美術部に入ることにしました。そのことを母に話すと

「ろくに絵も描けないのに?」

今思い返しても…どんなに一生懸命思い出しても…私は母に褒められたことがありません。

小学生の頃に話は戻りますが、小学校5、6年生の時、手芸クラブに入っていた私はクラブで手提げバックを作りました。(のりぴーマンの柄の生地で←柄までハッキリ覚えてます)作った手提げバックを母に見せると

「自分で縫ったってちゃんと(周りに)言いなさいよ」

母は洋裁が出来る人でした。要するに私がこの手提げバックを持ち歩いて、誰かがガタガタな縫い目をみて「あらー。けめこちゃんのお母さんお裁縫下手ね~」とでも思われたら恥ずかしいってこと?

また、同じく小学生の時、家庭科のテストで100点を取ったときのことです。担任の先生が「100点だったのはけめこだけだったぞ」と教えてくれました。私は嬉しくて、母に褒めてもらえると思ってテストの結果を話すと

「でも、国語や算数のほうが評価されるのよ。」

がんばったね。の一言が欲しかったな…と40歳過ぎた今でも思ってしまいます。

 

話は部活動に戻ります。

部費がかからないということで、私は美術部に入ることになりました。

そこで運命の(!?)出会いをします。

漫画好きの友達(Aちゃん)と仲良くなりました

Aちゃんのおかげで「花より男子」も「天使なんかじゃない」も「イタズラなKiss」も…少女漫画の世界に浸ることができました

漫画好きなこと以外にも、たわいのない会話が楽しかったり、一緒に絵を描いたり、あみんの「待つわ」をハモって歌いながらケラケラ笑ったり。交換日記もしていました。お互いの誕生日には好きな漫画のキャラクターを色紙に描いて渡しあったりしていました。

しかし、楽しそうに学校生活を送っている私を見て、母はおもしろくないのかAちゃんの悪口を言い始めます。

「あんな子(Aちゃん)と仲良くするより、もっと自分のためになる子と付き合いなさいよ」

「Aちゃんのお母さんって…なんか…ねぇ(笑)働いてないんでしょ?いいわね、専業主婦って」

でも今回ばかりは私も母の言いなりになりません。思春期ということもあり、よくも悪くも母の言葉を無視していました。

そんな時、悲しいことかおこります。(つづく)

 

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