泉を聴く

徹底的に、個性にこだわります。銘々の個が、普遍に至ることを信じて。

ファウスト 第一部

2023-05-13 18:33:41 | 読書
 買ってから一年は経っていたでしょうか。今が読むときでした。
「若きウェルテルの悩み」に感銘を受けていれば、自ずと「ファウスト」も目に入ってきます。
 著者のゲーテが、24歳から書き始めて、82歳で書き終え、83歳で没したと言われている作品です。
 第一部は、一度読み、感想を書こうとしたけど書けず、もう一度頭から読みました。
 脚注も多くて、二度読んで、より具体的に染み込んできた、というか。
 今は第二部を読んでますが、ひとまず第一部まで読んでのことを書いておこうと思います。
 まず、ファウストは、偉い学者さん、となっています。街に顔を出せば、人々が寄ってきて感謝を述べる。疫病が流行ったとき、治してもらった、とか。
 当時の「学問」は、法学、神学、医学、哲学のこと。これら全てを治めた大学者、ということになっています。
 しかし、ファウストは絶望している。
 疫病患者を治したとか言われているけれど、本当は父のやっていたことを真似ていただけで、苦しむ人々に飲ませた薬のようなもので、返って人を死なせてしまったこともあった。いくら本を読んでも、完全になれない。いくら努力に努力を重ねても、究極の目標、「人類の栄冠」を達成することができない。「人類の栄冠」とは、今で言えば、「戦争のない世界」と言えるかもしれません。
 最後の望みとして、地球上の生命の元締めのような存在である「地霊」を呼び起こし、一体化しようとする。でも、あっけなく地霊に拒まれてしまう。俺はお前の仲間ではない、と一蹴されて。「地霊」とは何なのか、を表現するのは難しいです。イメージとしては「龍」に近いでしょうか。
 で、毒を飲もうとしたとき、犬に化けた悪魔、メフィストフェレスが現れる。
 メフィストフェレスは、ファウストの死後の魂を狙っている。
 ファウストは、古書に囲まれた部屋に飽き飽きとして、あらゆる「体験」を欲している。
 そこで二人は賭けをする。

 ファウスト
「もし私がのんびりと寝椅子に手足でも伸ばしたら、
 もう私もおしまいだ。
 もし君が甘い言葉でだまして、
 私をぬくぬくと収まりかえらせたり、或いは、
 享楽に耽らせてたぶらかすことができたら
 それは私の百年目だ。
 賭をしよう。
(114ページ12行〜19行)

 なんというか、要するに、ファウストは結構自信があるわけです。君のような「しがない悪魔」に、骨抜きにされることはない、と。
 で、悪魔はやってやる、と意気込み、ファウストをあちこちに連れて行きます。マントを翻すと、飛ぶこともできる。
 メフィストフェレスは、悪魔であって、魔法使い。読む限り、魔法とは火のようでもあります。知とは縁遠い感情使いのようにも思える。
 そこには怨念とか呪術とか錬金術とか、悪魔の仲間である魔女も出てきます。
 まずは、酒場に行く。そこでメフィストフェレスは飲んだくれの学生たちに話しかけ、早速魔法を披露。
 バカにされたと思って切りつけてきた酔っ払いにも魔法をかけて、簡単にあしらってしまう。
 次は魔女のところへ。
 魔女の手作りで、とっておきの何やら怪しい液体(若返り、かつ性欲増強剤?)をファウストに飲ませる。
 そして街に繰り出すと、通りかかった少女にファウストはもう声をかけている。
「あの女と会わせろ」なんて悪魔にねだったりして。
 悪魔にもできることとできないこと(神様や純粋無垢の領域には手が出せない)があり、できることからファウストをその少女、マルガレーテと引き合わせていきます。
 そして、二人の関係が決定的になる夜、ファウストはマルガレーテに睡眠薬を渡す。マルガレーテは、ファウストの言うことはなんでも従うようになっていた(これも悪魔の仕業か)。二人の逢引きに邪魔な、マルガレーテのお母さんを眠らせるため。
 二人は体を合わせて、後でわかりますが、赤ちゃんができます。が、その一方で、睡眠薬を飲まされたお母さんは死んでしまう。睡眠薬を渡したファウストに殺意はなかったと思いますが、これも悪魔の仕業か偶然か、はっきりとはしません。
 マルガレーテのお腹は大きくなっていく。だが、ファウストはそばにいない。メフィストフェレスによって、魔女たちのお祭りに付き合わされているから。そこではゲーテによる当時の風刺なども入っています。ゲーテの作品は今でも残っていますが、彼に対してよく思わず、からかったり悪口を言ったりする人たちもたくさんいたようです。ま、みんな残ってませんが。
 で、そんなこんなの間に、マルガレーテは牢屋に入れられてしまっていた。その姿を見たファウストが助けに行く。絶対に助けなくてはならないとメフィストフェレスにも命じて。
 マルガレーテは、なぜ牢屋に入れられてしまったのでしょう?
 結婚前なのに、子どもを一人で産んでしまった。その娘は、当時のドイツでは、教会の祭壇の前で、罪の肌着一枚だけで、公衆の面前において僧侶に対し懺悔贖罪をしなければならなかったそうです。その後は乞食。村八分が待っている。その慣習を恐れた娘たちは、産んだ赤ちゃんを殺したこともあったそうです。
 あまりにも酷い慣習に、ゲーテは黙っておらず、廃止させたそうです。
 そんなゲーテの実体験も反映されているのでしょう。マルガレーテのセリフは、とてもリアルで、迫真に満ちており、最も心を揺さぶられます。
 彼女もまた、恐れと不安と混乱と孤立と、大きな悲しみと苦しみ、そんなぐちゃぐちゃな感情の中で、赤ちゃんを池に落として沈めてしまったのでした。
 母殺しもある。さらに、彼女のお兄さんは、妹を守ろうとして、のこのこやってきたファウストとメフィストフェレスに襲いかかりますが、メフィストフェレスの剣に刺されて死んでしまったのでした。
 牢屋に忍び込んで、ファウストがマルガレーテを逃がそうとする場面が、第一幕のクライマックス。
 メフィストフェレスの助力を得て、ファウストはマルガレーテにつながれた鎖をほどきますが、彼女は逃げない。自分が犯した罪の重さを認識し、神様に裁きを委ねるから。
 ファウストは言う。
「ああ、おれは生まれてこねばよかった」 (329ページ9行)
 直接的な表現がないので、そもそもこの作品は小説ではなく、劇なので、セリフと簡単なト書きしかありません。だからこそ想像を刺激されます。
 最後、マルガレーテは、天に召されながら呼びかける。
「ハインリヒさん、ハインリヒさん」
 ファウスト博士の名前は、ハインリヒだった、と最後でわかる。この名前の呼びかけが、第二幕へとつながっていきます。
 本当に、大きな物語。どんな風にも読める。
 日本に悪魔は少ないかもしれないけど、昔から「鬼」はいます。
「鬼退治」も定番。ですが、鬼と契約して賭け事をした人間の話って、あるでしょうか?
 相手が悪魔であると分かっていながら契約してしまうところが新しくて、古典たるゆえんなのかもしれません。
 そして、こうして書き出してみてわかりましたが、マルガレーテとの関係は、どこまでが悪魔の仕業なのかがわかりません。グレーゾーンがたくさんある。
 マルガレーテは言います。
「あれはあなたとわたしとに授かったのじゃないの」 (323ページ18行)
「あれ」とは、マルガレーテの産んだ赤ちゃんのことです。
 悪魔のせいだとは言い切れない。あなたにだって責任の半分はあるでしょ、と。
 だからファウストは「生まれてこなければよかった」と言う。それほどに苦しむことになります。
 それで自暴自棄になったら、メフィストフェレスの勝ちなわけです。
 人間の代表であるファウストは、永遠に俺の下僕だ、と。
 やっぱり人間、バカだな。大したことねえな。俺様の手にかかればちょろいもんよ。なんて、高笑いでもしそう。
 さて、どうなっていくのでしょうか。

 ゲーテ 作/相良守峯 訳/岩波文庫/1958

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