坂本龍一にこのタイトルの楽曲がある。歌詞もついている。1995年に発表された坂本さんのアルバム『スムーチー』収録曲で、ご自身が歌っている。映画『バベル』(2006)でも使われた曲だ。いい曲だと思う。”美貌の青空”という題名に魅力を感じる。
だがこのタイトルは坂本龍一オリジナルではない。もともと”美貌の青空”とは、暗黒舞踏の祖である土方巽氏の著書名だ。1987年1月21日に筑摩書房から出版されたもので、生前土方が書いた短文やメッセージを編んだ一冊である。土方氏は出版の前年、1986年1月21日に肝硬変・肝臓がん併発で亡くなった。つまりその死のちょうど一年後に上梓された本なのだ。
”美貌の青空”という題名はこの本のなかにある一文に由来している。それは美術家の清水晃氏について書かれたもののなかに登場する言葉だ。土方独特のシュールでありながらも、どこか懐かしい日本の原風景を感じさせる文体文章によって綴られるそのなかに、突如、さりげなく、しかしそこだけ輝くようにこの言葉”美貌の青空”が現れる。それを発見したのは吉岡実であった。詩人はこの言葉に敏感に反応した。
”美貌の青空”とは、なんと不思議な広がりを持つ言葉であろうか。この五文字だけで一編の詩である。
土方巽氏が生まれ育った裏日本の空は曇っていることが多かったのだろうか。そうだとすれば、時折のぞく”青空”は”美貌”であったに違いない。”美貌の青空”を見上げた土方巽は、秋田工業高校のラガーであったという。大柄ではないからバックスだっただろうと想像する。足のすばしっこい、相手をかわすのが上手なバックスだっただろう。敵陣からすれば、いやなタイプの選手だ。「タックルしようとしたんだけど、スルリと抜けられた。まるで浮いている、いや、磁石の同じ極みたいに、自然に離れるんだ」そんなことを、相手のロックあたりの選手はいうかもしれない。
ラグビー少年が見た北国の青空。そこに”美貌”という言葉を持ち運んでくる土方巽の詩人感覚はすばらしい。そして、それに感応して美しい旋律をつくりだす坂本龍一に感動する。