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消えた店々  

2021-08-12 11:55:39 | 日記

大阪にある「消えた名店」なる文章を書いていた。淡路町の「丸治」や、法善寺の「樹の枝」などで、これは池波正太郎の文章から知った店だ。

「丸治」は、いかにも船場の商家風の建物で、看板も暖簾もなかったという。料理は「あぶらめ(鮎並)」や「わかめと若竹の吸物」「さらし鯨の酢味噌」といったもので、酒は菊正宗の樽だったという。もちろん、有名な「船場汁」もあったことだろう。これは、塩鯖と大根や人参などを煮込んだ具だくさんの汁物だ。

一方、法善寺の「樹の枝」は焼鳥屋で、池波の文章を引くと、「見るからに苦っぽい亭主が愛想ひとついわぬばかりか、客に噛みつきそうな面がまえで鳥を焼く。そのそばで、これまた不愛想きわまりないおかみさんが、黙念と鳥へ串を打ち、酒の仕度をする。」(「大阪から京都へ」『食卓の情景』新潮文庫)しかし店前は常に行列状態であったそうな。

これらの店が消えたのはもう随分前のことで、おれは立ち寄ったことがない。出かけて食べた店で消えてしまった店といえば、天満のお好み焼き店「菊水」がある。名物のおじいが店を仕切っていた頃に行ったのだが、なるほどうまかった。だが、聞けば、おじいが亡くなられた後は、味が落ち、その後閉店してしまった。

長らく暮らした京都の「消えた店」としては、最近、「グリルアローン」(寺町御池上ル)がある。ここの名物はなんといっても「オムライス」で、巨大だった。腹を空かせた役者たちにはご馳走であった。また、同志社大学近くの「侘助」も閉店して、マンションになっているそうだ。さらに出町柳のラーメン専科「いちばん」も、いつのまにか閉店した。

どこの店も常連というわけではなかったけれど、たまに立ち寄ったり、店前を通りすぎたりして確認するのが楽しみだった。


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