2022年  にっぽん復興へのシナリオ

日本が復興を遂げていく道筋を描いた近未来小説と、今日の様々な政治や社会問題についての私なりの考えや提案を順次掲載します。

六.転勤(2)

2012-03-06 01:00:00 | 小説
 近隣の自治体が連携する取り組みは、かなり以前からあった。災害などの緊急時の市境を超えた連携、県内の市区町村によるシステムの共同開発と運用、広域自治体での人事や総務などの共通でこなせる業務の共同運用などがその代表的な事例であった。さらに、自治体クラウドの進展が、そうしたシステムの共同運用に拍車をかけた。
 しかし、それらの自治体連携の多くは、自治体のバックオフィスの効率化を目的で進められたため、住民にとってのメリットが見えにくく、関心もあまり持たれなかった。

 自治体間の連携を一気に住民に近づけたきっかけは、2014年に行われた地方自治法の改正と、それに並行して行われた自治体での自由裁量を前提とした地方交付金運用の抜本的な見直しであった。
 地方自治体の権限を強くし、それまで中央政府のもとにおかれていた道路や港湾、教育、医療・介護といった社会的インフラに関わる行政の多くを自治体に移管した。
 こうした変革は、明治以来続けられてきた中央集権型から地方分権型の行政に180度転換するもので、住民に接する機会が多く地域を熟知する自治体の裁量権を拡大することで、よりきめの細かい住民サービスを行うとともに、住民の自治参加意識を向上することにも大きく貢献した。

 さらに県と市町村の役割も、教育では高校や大学などの高等教育は県が、中学校までの義務教育は市区町村が担うといったように明確に分離した。医療においても、病院が県を管轄し、介護などは市区町村が曽於の役割を担った。
 このように行政の管轄を明確に分離することで、行政間の役割の重複で生じる無駄を排除する取り組みが行われた。

 こうした自治体改革は、M政権が真っ先に手掛けた中央政府の抜本改革がその引き金になっている。
 M政権は、「政府は統合された一つのエンタープライズ(活動事業体)である」という理念を導入し、省庁ごとの役割を明確にして重複する施策を大胆にカットした。実はこの理念は、M政権が改革に着手する数年前にアメリカの連邦政府で提唱された理念であるが、これをそのまま日本の中央行政に持ち込んだ。
 こうした理念を日本の行政機関で実現するには、アメリカ以上に越えるべき高い壁があった。それは、公務員の意識改革を徹底的に行うことで「省益」という考え方を徹底的に排除し、行政間が連携して業務を遂行する意識を植え付けることである。
 従来は、役所ごとに要求されていた予算も国家戦略府に一本化し、かつて「縦割り行政」と言われたような、権益を維持拡大するために繰り返された各省間の予算と利権の獲得競争の芽の根幹を排除した。
 こうして、日本の行政はようやく欧米並みの機能的で効率的な組織に生まれ変わったのである。

 中央政府の役割が明確に規定されたことで、地方自治体との関係も抜本的に見直された。省庁ごとに持たれていた地方部局の多くは自治体に移管され、地方交付税の抜本的見直しと合わせて自治体の役割が大幅に拡大強化された。
 これまで中央政府が担ってきた多くの役割が自治体に移管されたことで、県と市町村の役割の明確化が喫緊の課題にもなった。
 こうして、県と市町村は担うべき行政の役割を明確に分離する必要に迫られたことになる。

 地方分権型行政を行う上で大きな課題となったのが、地域間格差の拡大である。
 地域の人口や経済環境などで格差は必然的に生じる。そうした格差によって住民サービスまでは影響を受けては元も子もない。
 格差を是正するために2017年には税制改正が行われ、住民税納付額のうちの10パーセントは、その納付先を任意に指定できるようになった。
 これまでの住民税は、1月1日に時点で居住している自治体に納付することが決まっていたが、それでは地域によっての税収の隔たりが必然的に発生する。つまり、人口の多い都市の財源は潤うが、過疎地域の財源は厳しいままである。
 特に、M総理の掲げた復興五原則を達成するためには、そうした地域間格差の是正は喫緊の課題であった。

 住民税の納付先選択制度はこうした背景から生まれたのである。いわば、住民が自治体の実績や将来性に対して投資をするようなものである。
 この制度が導入されて、国民の自治行政への参加意欲が高まった。また、自治体側も自らの地域の魅力や将来性のPRに躍起となり、人口の多い都市に自治体のアンテナショップを設け、地産品の広報活動も活発に行った。自治体の魅力を最大にアピールするポイントは、目に見える住民サービスの実績である。

 学区選択制度は、そうした住民サービスの向上と、開かれた自治体をアピールするために近隣の自治体同士で連携が模索され、2019年に特区申請をしてその第一号が誕生すると、翌年には早くも全国に広がった。それまでは、学区の境に住む住民の子供の中には、たとえ隣の学区に直近の学校があってもそこに通うことができず、わざわざ遠方にある自分の学区の学校に通わなければならなかった。それを解消するため、学区をまたがっていても、近い学校を選べる制度が誕生したのである。

 当初、市の教育委員会を中心に反対意見も出た。教育費をどのように分担するのか、学校ごとの教育格差を助長する結果になるのではないか、といった点が問題になった。議論の末、当面は距離的に近い学校が別の学区に存在していた場合のみを対象にするということで、学区選択制度がスタートした。これで、教育費負担はお互いの相殺が可能ということになり、選択条件を限定することで教育の格差の問題も解消された。
 ただ、学区選択の範囲をもっと拡大すべきという意見も根強く、この問題は今も引き続き検討されている。

***

 結局、徳村は妻や息子の声に押される格好で、豊中市の住宅を予約した。
 予約情報は一週間据え置かれ、契約の意志が固まったら一週間の間に契約を行うことになる。もちろんその間に現地の下見などを行うことになる。


にほんブログ村 小説ブログへにほんブログ村