2022年  にっぽん復興へのシナリオ

日本が復興を遂げていく道筋を描いた近未来小説と、今日の様々な政治や社会問題についての私なりの考えや提案を順次掲載します。

六.転勤(1)

2012-03-05 01:00:00 | 小説
 三月も半ばを過ぎ、季節もようやく春めいてきた。人事部長の向井秀行は部下の徳村真司を会議室に呼んだ。

 「実は、徳村君には四月一日付で、大阪支社に人事課長として行ってもらいたいんだ」
 「転勤ですね。私の後任は誰か来るのですか?」
 「経理部にいる上村加奈さんが来ることにしている。男所帯だった人事部に、紅一点っていうことかな。本人には今日中に通知されるはずだ」
 「経理の上村君は以前から知っていますが、なかなかのキャリアウーマンですね。数字にはめっぽう強いし、私より仕事ができるかも」

 「ところで、君の家は小学生のお子さんだったよね。転校で友達とも別れさせることになって申し訳ないな」
 「いやあ、これまでも何人か友達が引っ越しましたけと、ネットで相変わらず付き合っているようだし問題ないでしょう。かみさんの実家も神戸なので、却って喜びますよ」
 「そうだったね。それじゃあ、そういうことでよろしく頼むよ」
 「分かりました」徳村は明るく答えて会議室を出ると、早速妻に電話で報告した。

 徳村が大阪に転勤することは、その後部内に伝えられた。

 「奥さん、何て言ってた? まさか、どうぞお一人で行ってください、などとは言われなかっただろうな」神部課長が冗談口調で声をかけた。
 「課長、そんなことウチのカミさんに限って言う訳がないじゃないですか。たとえ子供と離れても私とは離れませんよ」と徳村が応じると、「ヒュー」と橋本が口を鳴らした。

 「さっそく家探しだな。大阪は詳しいので、相談に乗ってやってもいいぞ」
 神部は、二年前まで大阪支社にいた。
 「その時はお願いします」と徳村は応じ、席に戻ると育児休暇中の磯村に自分の転勤と、後任に経理部の上村が着任することを伝えた。徳村は磯村の仕事の大半を引き継いでいるので、まず知らせておく必要があった。

 早速、磯村から返事が来た。
 「ご栄転おめでとうございます。後任が上村さんとは手ごわい人が来ますね。私も気を引きしめます。上村さんのフォルダーには、明日付けの開封ということで資料を送っておきます。詳しくは明日にでもネットで打ち合わせましょう。今日は早く帰って、奥さんを慰めてやってください」
 『最後の一文は余計だ』と、徳村は苦笑した。

***

 家に帰ったら、妻の美由紀が嬉々として出迎えた。生まれ育った関西に引っ越すのが、よほど嬉しいとみえる。

 「さっそく神戸に電話したら、お父さんが出てとても喜んでたわ。孫といつでも会えるって」
 「そうか。せっかくだから物件は神戸で探そうか?」
 「あまり実家に近すぎるのはいややわ。それより私、前から吹田か豊中あたりに住みたかったの。あそこなら、実家にも電車一本だし。それに去年引っ越した富田さんも住んでいるのよ。富田さんの次男が隆志の同級生で、奥さんもええ良い人やったわ」
 関西に転勤と聞いて急に関西弁でしゃべる妻に、思わず吹き出しそうになりながら、「吹田と豊中かぁ。あそこなら、会社の同期の連中も何人か住んでいるしな。万博記念公園も近いし子供にも良いかもしれないな。そのあたりで探してみるか」

 小学四年生の隆志が徳村の手を引いて、「ねえ、ねえ、これ見て。さっきお母さんと見つけた家だよ」と言って、リビングのモニターを指した。
 『相当手回しが良いな』と思っていると、美由紀が「食事してからゆっくり見ましょう」と言って夕食をテーブルに並べた。

 「隆志は転校することになっちゃうな。大丈夫かい?」と食事をしながら徳村が聞くと「大丈夫・・・でもないけど、学校の友達とはネットでいつでも会えるでしょ。それに、弘明君とも向こうで久しぶりに会えるし・・・やっぱり弘明君と同じ学校が良いな」
 弘明君は、去年吹田に引っ越した富田さんの次男であり、とても仲が良かった。万博記念公園の西側に住んでいる。
 「でも、吹田市側には手ごろな物件が見つからないのよ。それより、豊中市に素敵な物件を見つけたわ」
 「それが、あの物件かい?」モニターを指して聞いた。
 「あとでゆっくり見てね。きっと気に入るわ」

 食事がすんで、三人はモニターの画面を見つめていた。
 画面は三次元で表示され、タブレットを動かすと家の中を歩いているように画面がスクロールする。窓から見える外の風景も忠実に映し出される。

 「4LDKか。三人家族には少し贅沢かもな」
 「でも、賃料がとっても手頃なのよ。千里中央駅まで地下でつながってるし、雨にぬれる心配もないわ」
 「大阪もかなり地下道は発達したみたいだな」
 「万博公園方面にも地下で行けるのよ」
 「公園に行くのに地下からっていうのはあまりピンとこないけど。まあ、便利なようだね」

 ほかも数軒見たが、最初に見た4LDKの物件が最も手軽で良いように思えた。
 「ねえ、これ予約して見に行きましょうよ」妻がせっついた。
 「隆志も気に入ったかい?ほかの家はどうだった?」
 徳村は、何となく簡単に決めすぎているような気がして、息子に念を押してみた。
 「ぼくも良いと思うよ」と隆志は少々大人びた口調で答えた。父親から相談されたのが少々得意げでもあった。

 「でも、富田さんの家は吹田市だろ。豊中市のこの家にすると弘明君と学校が別になっちゃうぞ」と徳村が言うと、妻の美由紀が少々呆れたような顔をして「あなた、学区選択制度を知らへんの?」と言った。
 「ここは、豊中市の小学校より、吹田市の小学校のほうが近いでしょ。そないな場合は近い方の学校を選ぶことができるの」
 「そんなことができるのか?」
 「あきれた、2年前からそうなっとるのに。あなたは、子供の学校のことはまるで知らんのね」
 すっかり大阪人気分の妻からの思わぬ攻撃に徳村はタジタジになり、隆志に向かって小さく舌を出した。

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