モナリザを母にしようプロジェクト

モナリザを聖なる母にしようという
プロジェクトを立ち上げました。

お母さん

2015-07-31 08:28:07 | 日記

※ ある日のブログを転写します。

偉大な芸術家の魂は、必死に、タイトルを変えて欲しいと私に訴えてきました。

だけど、私は
「そんなの無理よ。」と思いました。


その頃の私、
12日間で体重が5kg減りました。


家族がみんな寝静まった時間帯に、霊は現れました。ある日のことです。夜中に、こそこそ
娘の部屋の勉強机で、何かしているのを 主人に注意されました。「お前は、毎晩寝ないで、いったい何をしているのか、本当のことを正直に言いなさい!」と…主人は、物凄く怖い顔をしました。


霊的なことを、主人は信じないことを私は知っていましたが、私は正直に言いました。


「レオナルド・ダ・ヴィンチの幽霊が出て、私にモナ・リザの本当のモデルを教えてくれたよ。」「モナ・リザはモナ・リザじゃないよ。本当はお母さんを描いた絵だよ。」って、私は、主人に言いました。


主人は、珍しく冷静に、こんなことを言ったんです。


「そんなこと、今更お前が言わなくても、みんな、そう思っているよ。」って…


私は、全身の力が抜けた感覚でした。みんな心の中では、あの絵を見て《お母さん》をイメージしているのだと、ちょっぴり安心しました。



モデルは誰であるかという論議はあまり必要ではない。2011.02.23

2015-07-21 09:42:29 | 日記

※ 以前書いたブログを転写します。

タイトル

「モデルは誰であるかという論議はあまり必要ではない。」

世界各国の研究者の方々に大変、失礼な話ですが
未来は、モナ・リザのモデルは誰であるか?という論議はあまり必要ではなくなると思います。

ダ・ヴィンチは受胎告知を描いた頃の年代に遡って、自分のルーツを探っていました。

母と引き裂かれた幼児期の辛い感情を思い出し、また、絵画芸術を志した自分を振り返りました。

自分の集大成ともいえる作品、それは『来世の母』でした。

ダ・ヴィンチは、如何に天才と称されたとしても、自分は孤独な一人の人間であることを悟ります。

だから、来世に望みを託したのです。
モナ・リザは、母をモデルに描いたリッタの聖母(下絵)に通じ、それは、受胎告知を(仲間と共同で)描いた頃の、芸術に対する、真っ直ぐな志を持っていた自分に通じる絵でした。

それを原型とし、自分の顔に似せた絵を描き、自分の魂と母の魂を共存させた絵を描こうと思いつきました。

すると
す~っと
穏やかなる感情が生まれました。

ダ・ヴィンチは、来世の母の大いなる愛に包まれて幸せでした。

受胎告知のマリアの横顔や亡き母の面影や、ダ・ヴィンチ自身をパズルのように組み立てて、一見、肖像画のような女性を描きましたが、絵を描いている途中、義母の姿も蘇ってきたであろうと思います。義母もまた、ダ・ヴィンチにとって大切な存在だったかもしれません。

彼がジョコンダ夫人から強烈なインスピレーションを得て、その絵を描くことを思いついたのなら、モデルはジョコンダ夫人であるという説も、全くの間違いではないのです。

しかし
共通して
大切な
大切な
大切な
テーマが存在します。

それは
『来世の母の受胎告知』です。

ダ・ヴィンチは
全宇宙を包み込むような
美しく慈悲深い
聖母を描きたかったのだと思います。



覚悟は、まだまだ曖昧

2015-07-20 23:10:21 | 日記

2011.10.25 に書いたブログより

その時のタイトル

「覚悟」

強気になったり
弱気になったり
悲喜こもごもの私ですが、、、
決してネガティブな発想からではなく
「思いだしたんだから、まぁしょうがないか~」と
考えることにしました。
正直、30代くらいの頃は、幼少期に体験したことや前世の記憶なんか、すっかり忘れていました。
記憶を徐々に思いだしたのは40歳になった頃で、全ての記憶が繋がったのは41歳の6月です。
何十年も生きていて、昔を振り返ってみた時、そんなの気のせいじゃないかとか、記憶違いじゃないかって、自分が自分に対して疑心暗鬼に陥ることも、しばしばあります。
しかし
色々な曖昧な記憶を仮に封印したとしても、確かな記憶が残ることに気がつきました。
年代順に並べてみます…
幼少期に私は、シャンデリアのあるアンティークな雰囲気の部屋に立っている夢を見て、起きていきなり、木靴を探しだしたという記憶
幼少期に親戚の伯父さんの家に母と行き、お部屋に飾られてある、置物【ビンに入った帆船】を見て、あぁ、なんて懐かしい船なんだろうと思った記憶
小学生の低学年の頃、新聞に、モナ・リザに関する記事があり、私は、凄い剣幕で「この絵は、モナ・リザじゃない。絶対にモナ・リザなんかじゃない。」と言った記憶
何も気づかずに、何も知らずに、何も思い出さずに、家事に子育てに、普通に生きていても、良かったのかもしれませんが、やっぱり思い出してしまったのだから仕方がないのです。

あくまでもポジティブな捉え方で、です!
何度も日記に書きましたが、私の魂は、今から約350年前の帆船に載って来た、木靴を履いた少女でした。
木靴を履いた少女は、モナ・リザの真実を知っていました。児童書『クローディアの秘密』の主人公クローディアのように、ルネサンス美術の謎解きをしようと試みます。
魂は、木靴の少女でも、見た目は、フェルメール絵画『手紙を書く女と召使い』の手紙を書いている女の人みたいな、おばさんです。
何度も書いてすみません。
思い出してしまったのだから、しょうがないんです。
特別な才能もないけど、生きている間は、これをしなくちゃいけないと思いました。
やっぱりしなくちゃいけないんです。
今まで、誰かに頼ってばかり生きていたけど、これだけは、 自分で道を切り開いていかなきゃいけない…そう思いました。覚悟は、まだまだ曖昧です。

オークションで約6000円だった絵が、約96億円になった話

2015-07-17 10:27:27 | 日記

★参考までに★

サルバトール ムンディ (救世主)


2011年の7月くらいだったと思います!


ダ・ヴィンチの真作大発見!?の記事が出ましたよね。

6000円の絵画がダ・ヴィンチの絵と鑑定される→評価額96億円

一度はオークションで45ポンド(約6000円)の落札額が付けられた絵画が鑑定の結果、長い間、行方不明とされていた万能の天才レオナルド・ダ・ヴィンチの描いた本物の絵だと鑑定され1億2000万ドル(約96億円)の評価額が付けられました。

木製パネルに描かれているの油絵は、Salvator Mundi(世界の救世主)で左手には宝珠を持ち、右手はキリストを現しているそうです。


500~600年前の刑事事件の再審2012.10.13

2015-07-17 10:14:23 | 日記


※ 以前書いたブログを転写します。



(2012年、10月6日配信の毎日新聞より)


<アイルワースのモナリザ>について圀府寺司教授の見解が面白かった。

※転写※

 圀府寺司(こうでらつかさ)・大阪大教授(西洋美術史)は、「美術作品の真贋はすべて、基本的に『灰色』。今回の件も、500~600年前の刑事事件の再審を現代に行うようなものだ」と指摘する。「日本では『伝雪舟』など、白黒付けないままにすることも多いが、西洋の場合、美術史上の判断がマーケットに直結するためどこかで線引きする必要が生じる。その結果、関係者の意向で『真筆』の範囲が変動することもある」と話す。


なるほど
西洋の場合、美術史上の判断がマーケットに直結するためどこかで線引きする必要!?
↑↑↑
マーケットに直結する為に、
線引きが必要なんですか!?


関係者の意向で『真筆』の範囲が変動
↑↑↑
関係者の意向で
左右されるんですか~ (>_<)

なら
財力や権力のある
関係者がバックについていれば
→真筆になりやすい
そういうことなんですね。


世の中
やっぱり…お金???
そう思いたくはないんだけど…