ここでくちづけを
ここでくちづけをすることは出来ない
明りのついてゐる四角な窓から
誰かが そつと のぞいてゐるかもしれない
カーテンの影から外をうかがつてゐるかもしれない
道の石の影はぼんやりとしてゐる
私たちの影もゆれ動いてゐるやうだ
身をよせて立ちどまつてゐる私たちの影
私たちの心をうつし出してゐるやうだ
左側のコンクリートの壁はひび割れて
しっくひが乱れ模様につくろつてある
稲光のやうにまがつて白く
私たちは何故かためらふことばかりだ
道はまつすぐに通じてゐる
どこまでも 遠く通じてゐる道のここで
詩集「逃げ水」より