暑さの盛りですが、こういう詩も涼しくてよいでしょう。
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外套のえりを立てて
外套のえりを立てて私たちは歩いたことがあつた
ショーウインドの中からは金の指環や春の花が
私たち二人の姿をうつすらと映した向ふ側からこちらを見てゐた
私たちはウインドのガラスの上で目と日を交したものだつた
立ちどまつてゐるうしろを通る道行く人々をおそれながら
ひくい声で 私たちは真珠の首かざりを指さして
お前の首にかざられた時の一つ一つの重みについて話しあひ
貧しい二人はあきらめのはかないほほゑみを交したものだつた
冬の空に急に雷鳴がやつて来るなんて
大つぷの雨が 乱れた雲の合ひ間から降りはじめ
あわただしい戦争の中で私がお前を失ふなんて
お前は誰か見知らない男を愛するやうになり
愛したことを私に知らせないままに別れを告げてよこし あの時
道行く人々が二人の間にわり込んだやうに別れ別れになるなんて
詩集「逃げ水」より