ずっとこのブログを放置してきたが、それでも一週間で百人を超す方がここを訪れてくれる。
有難いことである。小山正孝を顕彰する感泣亭の活動は、ずっと続き、しかも発展している。
このことを伝える必要があると考え直した。
まあ、少しずつになると思うが、このブログに活動の一端を記録し、皆様に情報の提供ができればと考える。
その一つだが、昨年家庭画報の5月号に感泣亭が紹介されたことを報告しておく。
ずっとこのブログを放置してきたが、それでも一週間で百人を超す方がここを訪れてくれる。
有難いことである。小山正孝を顕彰する感泣亭の活動は、ずっと続き、しかも発展している。
このことを伝える必要があると考え直した。
まあ、少しずつになると思うが、このブログに活動の一端を記録し、皆様に情報の提供ができればと考える。
その一つだが、昨年家庭画報の5月号に感泣亭が紹介されたことを報告しておく。
新装のスペース感泣亭で、21日に感泣亭別会が行われます。
このスペースで初めての別会ということで、渡邉啓史さんが「小山正孝の読み方」として、「雪つぶて」を採り上げて下さることになりました。
渡邉啓史さんは、本業は数学者ですが、その数学的なというか科学的な読みは独特です。
ご興味をお持ちの方は、oyamamasami@gmail.com までご連絡下さい。
感泣亭別会
時 7月21日(土) 午後1時30分~
場所 感泣亭 東急東横線 元住吉下車7分
雪 雄子 さんのプロフィール
舞踏家 東京目黒生まれ。
「寒さのために縮こまる」という土方舞踏の原点を体得するため、1975年から北方舞踏派と共に山形県鶴岡市の出羽山麓、1978年からは北海道小樽市を創作活動の拠点に、約10年を北国で活動する。
1983年帰京。1984年土方巽演出「鷹ざしき」(北方舞踏派総出演)上演。1988~1991年に独舞踏「蝦夷面(えぞめん)」(山田一平演出)をサンフランシスコなどで上演し、北国の生命力を現出する舞踏家として高い評価を受ける。
1993年ひとり津軽へ移住。偶然のようにして出会う縄文をはじめ、津軽に息づく原初そのものの命に出会い、現在迄の創作の原点にしている。
1993年 津軽へ移住
1995年 「風の誕生」(青森公立大学、小原流百周年式典縄文フェスにて)
縄文映画「一万年王国」(飯塚俊男監督)に出演
1996年 「縄文頌」(京都市・国際日本文化研究センター)
1998年 「カリヨンの庭‐三つの風の物語」(宮城県美術館、東北の形象‐20世紀からの発見にて)
2000年 「雪花巡礼」(青森県黒石市・国重要文化財高橋家)
講演およびワークショップ(北海道大学、道立文学館)
2001年 「角見浜物語」(愚安亭遊佐と共演、新潟県巻町・角田山妙光寺)
舞踏 "天空鯨、ピッフィー、ベーリング海峡から津軽海峡へ" GAW Part3 exhibition/青森県龍飛
2002年 「雪 雄子・舞踏・トーノ・DESSIN 」 ギャラリー・デネガ/弘前市
2003年 「境界線上の水辺 濱中 淳・片山康夫 写真展」
特別企画 アリーナ「水」へ 舞踏:雪 夕子 ギャラリー・デネガ/弘前
雪 雄子・舞踏 - 5つのこころみ
「5月の塔」「N氏へ Painting for Summer」「日時計」「11月」「巫女歌」(2004) ギャラリー・デネガ/弘前市
2004年 「路考 ろこう」(RIGHT BOX / Scribble Road) harappa presents
332号線開通記念アートプロジェクト/弘前市 332号線 道路上
星まつりコンサート2004 宮城県唐桑半島半造園地
2005年 女 三人展 ふ・ゆ ギャラリー・デネガ/弘前
2006年 村上善男に捧げる 岩手町立石神の丘美術館/岩手、 SPECE DENEGA/弘前
雪 雄子 東北野辺行脚 「薬玉・編」2009 薬玉 舞踏 雪 雄子 黄鳥が飛び交い鳴く声。薬玉がハジケル空精ノ SPECE DENEGA/弘前
2010年7月 第124回例会案内
日時:7月25日(日) 13:00~17:00
場所:川崎市綜合福祉センター(エポック中原)7階 第2会議室
〒211-0053 川崎市中原区上小田中6丁目22番5号 044-722-0185
JR南武線「武蔵中原駅」から連絡橋で徒歩1分。