12年前、ある女性シンガーと出会った。
僕の病状が今ほど悪化していなかったころ、僕の稚拙な小説を手にしてくれたのがきっかけだった。
手紙だった。
デビューしたばかりの彼女の悩みがいろいろ書いてあった。
女性と付き合うことに対して、ある事件をきっかけに、トラウマになったことを書いた短編小説だった。
いろんな女性に対して不信感を持ってしまうことを、どうしても克服できずに女々しく生きる男の話だ。
彼女も、人間関係で悩んでいたようで、そうなったきっかけと、今悩んでいる(というより困っている?)ことが具体的に書かれていた。
僕の作り話が、彼女の人生の一部とダブったらしい。
しかし、それは決して完全な作り話ではなく、多かれ少なかれ、自分の体験が生かされている。
僕は彼女の手紙が気になっていて、数ヶ月たったある日、返事を送った。
何を書いたかは覚えていない。
しかしそれをきっかけに、文通が始まり、メールになり、電話になり、彼女の職業がシンガーであることを知った。
いや、知っていた。
彼女の名前くらいは。
歌も知っていた。
でも、電話の向こうで話している人が、彼女だとは思いも寄らなかった。
そして、出版社に行くときに、東京で会った。
当時は幼さの残るきれいな女性だと思った。
そして、僕とはまったく別世界の人だと感じた。
小説の話、音楽の話、いろんな体験談など、時間はあっという間に過ぎた。
そして、彼女はラジオ局に出かけていった。
深夜、ホテルに電話があり、彼女がやってきた。
すごく楽しい時間だった。
深夜のルームサービスで楽しく飲んだ。
とても20年も離れている人だとは感じなかった。
すごく近い人に感じた。
自分のことを理解してくれる人だと感じた。
華々しいスポットライトを浴びだした彼女は、輝いていた。
一般人とは違うオーラがあった。
そしてその日の朝、自然に重なった。
本当に自然に。
何の違和感もなく。
男と女が何のためらいも疑問も感じることなく、抱き合った。
彼女は、最初からこうなることを予期していたようだ。
それから彼女は売れた。
忙しくなった。
それでも会った。
東京で、名古屋で、京都で、大阪で。
結婚できるなんて考えられないのに、二人は抱き合った。
彼女がテレビなどでの露出がほとんどないこともあり、素顔で街中を歩いても、誰にも気づかれることはなかった。
しかし、僕の両親が他界したり、病状が悪化したりして、メールでのやり取りしかしていなかった。
だから会うのは、父の葬儀以来になる。
突然の電話だった。
「Tラジオの深夜の生番組に出るから」
それだけの理由で彼女が泊まっているというホテルにまで出かけた。
きれいになっていた。
5年間という時間は、女性にとって大きな変貌を遂げる。
白い肌と華奢な体は、妖艶と言うに値するほど、魅力が増していた。
やはり悩んでいた。
人間関係で悩んでいた。
泣いた。
僕にしがみついて泣いた。
たまらなく切なかった。
朝が白けたころ、僕は店に戻って、市場に出かけた。
天罰が降りた。
エアコンが壊れてしまった。
それでも店をやった。
客には、「クーラー故障!」というメールを出した。
それでもみんなやって来てくれた。
急遽そろえた扇風機で暑さをしのいだ。
そして夜、彼女がやってきた。
「大丈夫?エアコンはいつ直るの?」
「誰もいないと思ってた」
彼女は、わざわざ一日、帰るのを延期してくれたのだ。
女房にも悟られることのないような自然な態度で。
客は誰も彼女のことに気づかない。
他の客と一緒に暑い店の中で騒いでくれた。
寒くなるからと言って、怖い話もしてくれた。
そして、さりげなく帰っていった。
「また会いたい」
そう小さくささやいてくれた。
こんなおじさんでも、彼女にとっては一番自分を正直に出せる相手なのだろう。
ホテルで、大物の音楽プロデューサーに迫られたという話を聞かせてくれた。
「悲しかった。拒むことなんかできっこない。何度も何度も誘われる。嫌でもこの世界から切り捨てられないように、感じる真似をする。すごく虚しいし、悔しい。本当に心から、抱かれたいと思う人に、抱かれたい」
僕はこんな優しい人を、いつまでも見ていたい。
僕はこんなに悲しんでいる人を、いつか解放してあげたい。
そんな情だけで繋がっているということも、決して悲しくないとはいえないけれど。
僕の病状が今ほど悪化していなかったころ、僕の稚拙な小説を手にしてくれたのがきっかけだった。
手紙だった。
デビューしたばかりの彼女の悩みがいろいろ書いてあった。
女性と付き合うことに対して、ある事件をきっかけに、トラウマになったことを書いた短編小説だった。
いろんな女性に対して不信感を持ってしまうことを、どうしても克服できずに女々しく生きる男の話だ。
彼女も、人間関係で悩んでいたようで、そうなったきっかけと、今悩んでいる(というより困っている?)ことが具体的に書かれていた。
僕の作り話が、彼女の人生の一部とダブったらしい。
しかし、それは決して完全な作り話ではなく、多かれ少なかれ、自分の体験が生かされている。
僕は彼女の手紙が気になっていて、数ヶ月たったある日、返事を送った。
何を書いたかは覚えていない。
しかしそれをきっかけに、文通が始まり、メールになり、電話になり、彼女の職業がシンガーであることを知った。
いや、知っていた。
彼女の名前くらいは。
歌も知っていた。
でも、電話の向こうで話している人が、彼女だとは思いも寄らなかった。
そして、出版社に行くときに、東京で会った。
当時は幼さの残るきれいな女性だと思った。
そして、僕とはまったく別世界の人だと感じた。
小説の話、音楽の話、いろんな体験談など、時間はあっという間に過ぎた。
そして、彼女はラジオ局に出かけていった。
深夜、ホテルに電話があり、彼女がやってきた。
すごく楽しい時間だった。
深夜のルームサービスで楽しく飲んだ。
とても20年も離れている人だとは感じなかった。
すごく近い人に感じた。
自分のことを理解してくれる人だと感じた。
華々しいスポットライトを浴びだした彼女は、輝いていた。
一般人とは違うオーラがあった。
そしてその日の朝、自然に重なった。
本当に自然に。
何の違和感もなく。
男と女が何のためらいも疑問も感じることなく、抱き合った。
彼女は、最初からこうなることを予期していたようだ。
それから彼女は売れた。
忙しくなった。
それでも会った。
東京で、名古屋で、京都で、大阪で。
結婚できるなんて考えられないのに、二人は抱き合った。
彼女がテレビなどでの露出がほとんどないこともあり、素顔で街中を歩いても、誰にも気づかれることはなかった。
しかし、僕の両親が他界したり、病状が悪化したりして、メールでのやり取りしかしていなかった。
だから会うのは、父の葬儀以来になる。
突然の電話だった。
「Tラジオの深夜の生番組に出るから」
それだけの理由で彼女が泊まっているというホテルにまで出かけた。
きれいになっていた。
5年間という時間は、女性にとって大きな変貌を遂げる。
白い肌と華奢な体は、妖艶と言うに値するほど、魅力が増していた。
やはり悩んでいた。
人間関係で悩んでいた。
泣いた。
僕にしがみついて泣いた。
たまらなく切なかった。
朝が白けたころ、僕は店に戻って、市場に出かけた。
天罰が降りた。
エアコンが壊れてしまった。
それでも店をやった。
客には、「クーラー故障!」というメールを出した。
それでもみんなやって来てくれた。
急遽そろえた扇風機で暑さをしのいだ。
そして夜、彼女がやってきた。
「大丈夫?エアコンはいつ直るの?」
「誰もいないと思ってた」
彼女は、わざわざ一日、帰るのを延期してくれたのだ。
女房にも悟られることのないような自然な態度で。
客は誰も彼女のことに気づかない。
他の客と一緒に暑い店の中で騒いでくれた。
寒くなるからと言って、怖い話もしてくれた。
そして、さりげなく帰っていった。
「また会いたい」
そう小さくささやいてくれた。
こんなおじさんでも、彼女にとっては一番自分を正直に出せる相手なのだろう。
ホテルで、大物の音楽プロデューサーに迫られたという話を聞かせてくれた。
「悲しかった。拒むことなんかできっこない。何度も何度も誘われる。嫌でもこの世界から切り捨てられないように、感じる真似をする。すごく虚しいし、悔しい。本当に心から、抱かれたいと思う人に、抱かれたい」
僕はこんな優しい人を、いつまでも見ていたい。
僕はこんなに悲しんでいる人を、いつか解放してあげたい。
そんな情だけで繋がっているということも、決して悲しくないとはいえないけれど。
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