だいぶ間が開いてしまった。あちこち年相応に痛んではいるが、ことさらに体調が優れないという訳ではない。とにかく、花日照りなのである。
って言うか、変化朝顔やキキョウなど、いくつかの花は咲いているのだが、いつまでも、そして、何回もアップするのも気が引ける。そんなこんなで、あれよあれよという間に投稿が間遠になってしまった。ここは、自庭の花にこだわることなく、他力に縋ろうかという気になった。
そう言えば、あの森のツリガネニンジンはどうしただろうか? 昨年は8月上旬には咲いていたのだが、今年はあと数日で長月になるというのに見にさえ行っていない。そうだ、ツリガネニンジンが咲き残っていれば、ちょっと目先は変えられる。そして、その辺の雑草たちとも語り合ってこようと思った。
ツリガネニンジンというやつは、一つひとつの花は、その名の通り、釣鐘型の薄紫色の花を付ける。その花姿はというと、主軸の周りに総状花序が何度も分枝し、全体が円錐状となる。小さな釣鐘状の花が風にそよぐ様はなんとも愛らしいものなのであるが、今年の葉月の雨風にだいぶいじめられたようである。
咲いてからだいぶ日数が経っているからなのか淡紫の色が褪せ、白花のようにさえ見える花茎もある。もちろん、ツリガネニンジンには白花も存在するのであるが、この森の、このツリガネニンジンは薄紫であったように思うのだが・・・・・・。
基本色とされる青色とは、一般に想定されているよりかなり濃い色を指すようだ。いや、濃い色もと言うべきか。そう、植物などの緑などを「あお」と称するように、
かなり範囲の広い色目をも包含して「青」と呼び習わされてきたとされる。
上記の植物は、「アオツヅラフジ」と呼称される。「青」はこの実が熟した際に見せる「御召御納戸(おめしおなんど:#4C6473)」系の色を想定しており、「葛藤」とはこのつるを用いて「つづら」(衣服を入れる編みかご)を編んだことに由来するのだとか。
アオツヅラフジの小さな花もなかなかに愛らしいのだが、近くに綻んだ花はなかった(実は、無くてほっとしている。あまりに細かいので鮮明にカメラに収めることが出来そうにないから 笑)。
やはり、この小さな森も花は少ない。それでも、木本たちは実を結び、雑草であったり、虫たちも精一杯生きている。
市街地の森だけに、開発の話もちらほら。本当か嘘かはわからないが、いつまでもこの地で棲息していけたらいいなぁと思う。
10時過ぎ、床屋へ行こうと、電話で予約を入れる。10時50分なら空いているというので、カメラを手にぶらぶらと歩く。
とあるお宅の庭の片隅、真っ青なマユミの実がしかめっ面をして道行く人をねめつけている。往路での取れ高はこの1枚だけ。ちょっと悲しい。
帰路に出逢ったのがこのエノキグサ、実は、初見なのだ。
雑草かい? なんて思ってGレンズを当ててみる。一発でヒット。それほど珍しくない草本なのだとか。なぜ、いままで出逢いに恵まれなかったのだろう。
ある日、ブログを閲覧していると、ゴーヤの佃煮の記事を見つけた。
チャンプルーが代表的だが、我が家ではぬか漬けにしたり、無限ゴーヤを作って楽しんでいた。いままで、佃煮という概念はなかったので新鮮だった。
そこで、早速作ってみようとネットで検索し、「白ごはん.com」のレシピを見つける。
ゴーヤを縦半分に切り、ワタを取って5ミリほどの幅に切る。
苦みを取るために塩小さじ1/2、砂糖を小さじ2振りかけ混ぜ合わ、10分ほど放置しておく。
下ごしらえが出来たら、水気を切ってそのまま鍋に写し、水、醤油、砂糖、みりんを「5:2:1:1」の割合で作った合わせ調味料を入れて炊くのだ。
さほど時間は要さない。保存も効く(1週間ほどか)ので飯の友としてはもちろんのこと、晩酌のあてにもいいだろう。
あっ、合わせ調味料だが、ザックリと目分量で整えた。甘辛具合は自らの好みに合わせたらいいだろう。この一品だけで、晩酌の定量があっという間に蒸発してしまったことを書き添えておこう。
「浜虎の尾」と表記する。「浜」とあるように、本来の植生は海岸の岩場に生える多年生の草本ということになる。「鹿児島県の甑島から沖縄県にかけて分布」とあるところから暑さにも強そうだ。
確か、2017年に購入したヤマルリトラノオがオシャカとなった折り、彼女を偲んで入手した筈なのだが、どこで求めたモノだったのだろう、この辺の記録が残っていない。2019年にはすでに坪庭に地植えされている様がアップされていたので、その辺り求めたモノなのだろう。坪庭の南の端っこ、そんな辺境の地で踏み拉かれながら頑張ってくれていることよ。
<ヤマルリトラノオ購入の顛末記>
花色は「藤鼠」である。Webカラーでは「#a6a5c4」となる。「伝統色のいろは」さんのサイトでは、「薄い紫の藤色を鼠がからせたような落ち着いた雰囲気の青紫色のことです。」とある。
葉は「蜻蛉葉」である。幅がほっそりとしており、あたかもトンボが羽根を広げたかのような形状をしている。
花はもちろんだが、このように葉のさまざまな変異も変化朝顔の楽しみの一つとなる。
花茎が10㎝を越える大輪咲き、花模様が吹雪、そして花筒がへし折れたような台咲き、先行して咲いている三種である。いずれも、今年遺伝学普及会にて購入した。
ことのほか珍しいとされる出物とは異なり、派手さはないが確実に種子を取ることができる。いくつか交配もしてみているので、来年の播種が楽しみである。
注1)上記のアサガオは、国立大学法人九州大学から提供されたものから派生したものである。
注2)文中にて使用した変化朝顔の品種名リストは、遺伝学普及会「変化アサガオ種子の頒布」ページに掲載されている「種子リスト2024(4.6).pdf」より転載させていただいた。アクセス時点で種子リストはアップデートされているため、本日記で紹介した品種がアクセスしたリストに掲載されているとは限らない。ご注意願いたい。
買い物がてらウォーキングと、いつものS台中央公園と団地との間を走る取り付け道路に入る。
その小径の中央には、一本のトチノキが植栽されている。なかなかの巨木である。彼はそこで行き交う人々を見つめてきた。
はて、なぜ、いままでその実を認めることがなかったのだろう。時期が合わなかったのか? そんな筈はなかろう。数多の実が稔っていたら、当然、落下していてしかるべきである。トチノミが落ちていたなんて、そんな記憶など持ち合わせていない。そもそも、この木に花が付いたなんてことがあっただろうか、そんな記憶もないのだ。
そう言えば、この木の実自体、いつくも確認できるわけではない。目の届くところではこの実を含めて3~5個ほどだ。
う~んっ、そうなると、是が非でもこの実の行く末を思いたいものではあるが、日がな一日張り付くわけにもいかず、心して足を向けることとしよう。
(トチノキという前提で話を進めてしまったが、合ってたのかな・・・・・・? マロニエ<セイヨウトチノキ>とか???)
買い物がてらのウォーキングから帰り、まず水遣りである。
昨今の暑さのせいで、多くの草々が枯れていく。レンゲショウマ然り、アケボノソウ然り、強健と言われるフジバカマさえもが☆彡となってしまった。
坪庭には地肌が露わとなり、モノ皆すべて生気に乏しい。
そんな中で、コマクサの新芽とか、移植したミヤマクワガタとか、常緑と言われるキタヤマオウレンなどが、かろうじて踏ん張っている。
異常気象と言われて久しいが、いまではこれが常態なのだと思わざるを得ない。春はそそくさと通り過ぎていき、夏が長期に渡って列島に横たわり、秋などはかろうじて紅葉を見せたかと思うと、とっとと冬将軍が到来する。四季などという言葉が死語となりかねない日本。山野草などというこだわりを捨て、栽培対象を吟味しないことには花を拝む機会さえなっていくのかもしれないなぁ~。
まぁ、思い出したようにとしか言いようがないのだが、猫の額にも花が帰ってくる。
珍しい花ではない。何度もご紹介した花なのだが、葉の色とは異なる、ほんの小さな彩りが添えられるだけで景色が異なることがある。
もの皆萎む炎暑の時期なのである。こんな時、花芽に似たモノでも見つけようものなら胸の奥深くでガッツボーズである。
同じような花模様であるが、方や吹雪と方や車絞なのである。似て非なるものだが、吹雪からは車絞が現れることもあるようだ。
昨年までは、何代か更新してきた種子で、「おやこんな花が・・・・・・」、なんて変化を楽しんできた。今年の変化朝顔は派手さに欠けるのかな。
木立、大輪、弱渦や斑入り、色の面で言うと、鳩や茶など、いままで馴染みのなかった表情を持った朝顔に出逢うことができている。
意図して交配は試みていないが、それぞれの種をしっかりと採取して次年度に備えることとしよう。